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一年前の1歳バースデー

2012年10月16日火曜日、べべは一歳になった。

 私の作ったお誕生日ケーキ☆

このケーキをみると思いだす。
誕生日の前日に急遽、実母がスポンジケーキを焼いてもってきてくれたこと。

ならば、と誕生日を迎えた当日の朝6時半、娘と夫が寝ている間にカーディガンを羽織って、近所のマルエツプチ(スーパーマーケット)に生クリームを買いに走ったこと。朝の忙しい時間だというのに、娘をあやしながら、生クリームを泡だて、果物を切って、デコレーションを頑張ったこと。そして、慌てて近所のママ友らに「ケーキを焼いたんだけど、食べにこない?」と誘ったこと。
(※娘が誕生日というのは内緒にした。気遣いさせると思ったので)

それで、結局、その日は10~12人(子を含む)がわが家にいらしてくださった。
すごくありがたくて嬉しかったが、私は会が終わった後、片づけなどをしていたら、ちょっと・・・な気持ちになった。

一年たった今だから書ける話だけど、

私はこの日、家は賑やかだったけれど、心は小雨だった。
というのも、自分がホステスとして忙しく、肝心の娘と向き合う時間が殆どなく、いったい誰の誕生日だったんだろう、と思ったからである。それで、自分はいったい何を見て過ごしているのかなあ、と思った。

だけど、

すごいなあ、と思ったのはその後の3日間だった。

私を落ち込ませたそのケーキが、余ったことによって、(ケーキを巡って)1日一人、来訪があり、娘の幸せを祈る機会が3度も与えられたからである。
そして、私はすごく満たされて、そのことにも驚いた。

というのは、
改めて自分が本当に神様の存在を信じているんだなあ、と思わされたことと、神様はやっぱり一人一人に良くしてくださるんだなということを実感したからである。

      *        *        *        *

明後日はべべの幼なじみパリちゃんの2歳のバースデー。
フランシス一家もまた、神様に祝福された一日を過ごせるようにと祈っている。

初めての高熱

 午前中、近所の教会へ行って、家に帰ってブランチを食べ終わった時のこと。

べべを抱っこしたら、湯たんぽのように熱く、計ったら38度あった。あれれ、もう一回、と計ってみたら、今度は39度あった。夫にそれを言ったら、昨日から熱はあったのではないか、昨夕(私がいないときに)べべは吐いた、と言う。

「ええ!?そういうことは早く言ってよ!」
と、私が声を荒げたら、

「その時は熱があると思わなかったし、吐いたのは別の理由で吐いたと思ったから」
と、言う。

 眉間に皺を寄せつつも、「突発性発疹じゃないかな?」と静かに言い、育児専門書を紐解いて説明書きを読んだ。

「生後6カ月ごろから1歳ごろまでの赤ちゃんにかかる病気で、赤ちゃんの関所みたいなもの。1度かかれば2度目はないが、まれに2回以上かかる赤ちゃんもいる。いきなり38度以上の急な発熱から始まるのが特徴で、生まれて初めての発熱をこの病気で経験する赤ちゃんも多いようです。云々」

 
 「まあ、元気な様子だし、病院へ行かなくてもいいと思うんだけど・・・」と私が落ち着きはらって言ったら、夫が尊敬のまなざしで私を見つめた。「学習しているねえ」の言葉に、私の鼻は1センチ高くなった。内心ちょっと嬉しかった。日頃の育児に合格点を貰った感じ!

 だが、いま振り返ってみると、これは偶然の産物だった。ちょうど二日前、友人の赤ちゃんが同様の症状に見舞われた時、友人が「このくらいの月齢には多い発熱」と教えてくれて、たまたま知っていただけだった。

 さらに考えると、今朝の礼拝では、「褒め称えられるべき方は自分ではなく、神様」という話をメッセージで伺ったばかりだった。礼拝ではマラソンのたとえ話があった。

「もし、マラソンであなたが1位をとったら、最も栄誉を受けるべき人は誰でしょう?」
この答えは、神様だった。「なぜなら、神様があなたをそのように創造されたのだから」というのに、なるほどと合点したばかりだった。

 それなのに、私はすぐ自らを誇り、聞いた傍から情けない。(だが、いまそれに気づいて良かった)

 話を元に戻す。

 で、結局、緊急病院が近所だったので、問題ないだろうと思いつつも、特に予定もなかったので、念のためにとべべを少し昼寝させたあと、病院へ出かけた。診断結果は扁桃腺が腫れている、ということだった。


---ここまで書いていたら、眠っていたべべが大声で泣いたため、私はベッドイン。明けて7月9日月曜の朝--

 昨夜も高かった体温は朝、夫が測ると平熱になっていた。
良かった、やっぱり熱は下がったみたい。

 夫は「べべは今日、初めての病み上がりだね~」とほほ笑み、にこにこして会社へ出かけた。が、なんのなんの、彼女が病にかかったのは、これが二度目だ。(1度目はこちら:ハスキーボイス

 そして、結局これは突発性発疹ではなかったようだ。湿疹と言えば目の周りにほんの少しあっただけだったし、すぐ直ったから、おそらく風邪であっただろう。そして、ウィルスの元は、おそらく先週金曜に出かけた代官山保育園の縁日ではあるまいか。

 それにしてもこれは、事初め。「これから先、たくさんの病気や怪我を経験していくんだろうねえ」と昨夜は2人でしんみりとし、私はこの先に思いを馳せた。

 今日は軽い症状だったから良かったけれど、この子はどういう健康状態の子なのか。この先、大病を患うことはあるだろうか?そのたびに心配したり、祈らされるだろうが、娘は無事に成人できる運命にあるだろうか。

 夫は夫で、突発性発疹が生後6カ月ごろから発症する、ということを、「母親の母乳の免疫効果が切れるからだろうね」と言って、「人間の身体って良く出来ているよね。そうやって赤ちゃんもこれから先は病気の危険があるよって教えているんだろうね」と、生命の神秘を褒め称えた。

 
 そして、お互いに「今日という日に発熱してくれて良かった」と一致した意見を述べた。

 一週間前なら、倉敷へ旅行中だった。来週末だったら来客があるから困っただろう。
 そして今日は何となく近所の礼拝場に出かけただけだったのに、結果としてべべに熱があったのだから、家のすぐそばで実に助かった。私たち三人、体力温存ができたし、私個人としては、週末で非常に助かった。(一人で看病は心細い)

 神様はパーフェクトだなあ、

と改めて、感謝と喜びの気持ちが湧いて、神様を知っていること、そして祈れることは本当にありがたいと感じた。

よく結婚したねえ・・・

昨日吉祥寺に行ったとき、教会の人に言われたこと。

「桜子さん、奇跡だよねえ。
 赤ちゃん出来たなんて信じられない!」
「よく良い人と結婚したねえ・・・」

これは、翻訳すると

*その年で
・よく出産したね
・よく結婚出来たね
・よく良い人をみつけたね

という一般的にはおそらく失礼だと気分を害する言葉の羅列だが、
何を隠そう、私もこれらの言葉を言われるたびに、本当にそうだとしみじみ思うので、否定のしようがないのである。

その人は、こうも言った。

「私ねえ、桜子さんの言ってくれたことで一番印象に残っているのは、『神様はたくさん祈ったから、たくさん良い行いをしたから報いてくださるのではなく、ただ憐れんで下さって恵みを与えてくださる』っていう話。あれ、ホント、実物(=私のこと)見ていて、そう思うもん」

と、これまた良く考えると普通なら怒りかねない言葉だが、これまた、本当にそうだよね、と頷くしかないので、それ、その通りなのである。

私は結婚した時、公の場で証する機会はなかったが、神様を信じている人たちに一つだけ言うことがあるとすれば、『事は人間の努力や願いによるのではなく、憐れんで下さる神様による」は本当だったよ!といいたいなと思った。

ある日突然、神様は自分の行いに関係なく恵んでくださるお方である。

今日もし元気がない人がいたら、そのことを思い出し、また信じて、元気になってもらいたい。

子供への躾~いかに育てるか?

今日べべを連れて実家に預けたら、べべがぐずった。
今まで飲んでいた粉ミルクを一切飲まず、眠りもしないで激しく泣いているそうで、
初めて実母からSOSの連絡が来た。

電話口からはべべの泣く声がする。
母乳でないとダメなのでは?と母がいうので、
私は予定をキャンセルし、慌てて家に戻った。

母は言った。
「こんなんじゃ、この子、預かれないわ」

その数時間前には、こんなようなことを言われた。
「泣いたらすぐおっぱいなんてあげていたら、この子ワガママになるわよ」

その是非はともかくとして、これらの言葉は私に、
「子育て」を考えるきっかけを与えた。


うちの子、
どうやって育てればいいだろう?

どんな風に育てれば、
真っ当で、健全な、
皆に愛される子に育つのだろう?


いや、子は親の鑑、というから、
所詮母親が私では将来が知れている。

そもそも私は妊娠するまで母親になる心構えも知識も皆無だったから、
赤子とどう接したらいいか、毎日手探りで歩んでいる。

だったら、保育園に預けようか?

わが家は手元で育てる方針だったが、私は日中一人である。
0歳保育にいれれば、彼女は規則正しい生活を送り、マナーも学ぶ。
そこである程度の教育を施して頂き、専門家の力を借りるほうが、
未熟な私も保育士さんとのネットワークができるし、
彼女も私といるより、ずっと利口になる可能性が高いだろう。

しかし、聖書はなんといっているのだろう?
「子育て 聖書」でググったら、
なんと知り合いが喋っている内容が一番上に出てきてビックリした。

「聖書に学ぶ子育て」

結局、授乳だとか、2ヵ月児への躾や保育園について、
という細かいことは書かれていなかった。

そこらへんは夫とよくよく相談して、
祈って決めるしかないのだろう。

なるほど、今どき保育園に入れるお母さんが多いのは、
必ずしも自身のキャリア事情だけではないのだろうな、と推察する。

聖書に世の終わりは何と書いてあるか?

今日は聖書に記述されている未来について、文章を見つけたのでご紹介します。
聖書では〝この世は終わる〝とあります。

では、それはいつ、どんなときに終わるのか?
分厚い書物を紐解いてみます。

===
イエスがオリーブ山ですわっておられると、弟子たちが、ひそかにみもとに来て言った。

「お話しください。いつ、そのようなことが起こるのでしょう。
 あなたの来られる時や世の終わりには、どんな前兆があるのでしょう。」

そこで、イエスは彼らに答えて言われた。

「人に惑わされないように気をつけなさい。
 わたしの名を名のる者が大ぜい現われ、
 「私こそキリストだ。」と言って多くの人を惑わすでしょう。
 
 また、戦争のことや、戦争のうわさを聞くでしょうが、
 気をつけて、あわてないようにしなさい。
 これらは必ず起こることです。

 しかし、終わりが来たのではありません。
 民族は民族に、国は国に敵対して立ち上がり、方々にききんと地震が起こります。

 しかし、そのようなことはみな、産みの苦しみの初めなのです。

 そのとき、人々は、あなたがたを苦しい目に合わせ、殺します。
 また、わたしの名のために、あなたがたはすべての国の人々に憎まれます。
 また、そのときは、人々が大ぜいつまずき、互いに裏切り、憎みます。
 また、にせ預言者が多く起こって、多くの人々を惑わします。
 
 不法がはびこるので、多くの人たちの愛は冷たくなります。
 しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われます。

 この御国の福音は全世界に宣べ伝えられて、すべての国民にあかしされ、
 それから、終わりの日が来ます。

 それゆえ、預言者ダニエルによって語られたあの「荒らす憎むべき者」が
 聖なる所に立つのを見たならば、(読者はよく読み取るように。)
 
 そのときは、ユダヤにいる人々は山へ逃げなさい。
 屋上にいる者は家の中の物を持ち出そうと下に降りてはいけません。
 畑にいる者は着物を取りに戻ってはいけません。
 だが、その日、悲惨なのは身重の女と乳飲み子を持つ女です。
 
 ただ、あなたがたの逃げるのが、冬や安息日にならぬよう祈りなさい。
 
 そのときには、世の初めから、今に至るまで、いまだかつてなかったような、
 またこれからもないような、ひどい苦難があるからです。

 (中略)
 
 そのとき、「そら、キリストがここにいる。」とか、
 「そこにいる。」とか言う者があっても、信じてはいけません。
 にせキリスト、にせ預言者たちが現われて、できれば選民をも惑わそうとして、
 大きなしるしや不思議なことをして見せます。

 (中略)

 いちじくの木から、たとえを学びなさい。
 枝が柔らかになって、葉が出て来ると、夏の近いことがわかります。

 そのように、これらのことのすべてを見たら、
 あなたがたは、人の子が戸口まで近づいていると知りなさい。
 まことに、あなたがたに告げます。
 これらのことが全部起こってしまうまでは、この時代は過ぎ去りません。
 
 この天地は滅び去ります。
 ・・・ただし、その日、その時がいつであるかは、だれも知りません。

 人の子が来るのはちょうど、ノアの日(※)のようだからです。(※=ノアの方舟)」

以上。