昨日吉祥寺に行ったとき、教会の人に言われたこと。
「桜子さん、奇跡だよねえ。
赤ちゃん出来たなんて信じられない!」
「よく良い人と結婚したねえ・・・」
これは、翻訳すると
*その年で
・よく出産したね
・よく結婚出来たね
・よく良い人をみつけたね
という一般的にはおそらく失礼だと気分を害する言葉の羅列だが、
何を隠そう、私もこれらの言葉を言われるたびに、本当にそうだとしみじみ思うので、否定のしようがないのである。
その人は、こうも言った。
「私ねえ、桜子さんの言ってくれたことで一番印象に残っているのは、『神様はたくさん祈ったから、たくさん良い行いをしたから報いてくださるのではなく、ただ憐れんで下さって恵みを与えてくださる』っていう話。あれ、ホント、実物(=私のこと)見ていて、そう思うもん」
と、これまた良く考えると普通なら怒りかねない言葉だが、これまた、本当にそうだよね、と頷くしかないので、それ、その通りなのである。
私は結婚した時、公の場で証する機会はなかったが、神様を信じている人たちに一つだけ言うことがあるとすれば、『事は人間の努力や願いによるのではなく、憐れんで下さる神様による」は本当だったよ!といいたいなと思った。
ある日突然、神様は自分の行いに関係なく恵んでくださるお方である。
今日もし元気がない人がいたら、そのことを思い出し、また信じて、元気になってもらいたい。