父の治療が、慶應義塾大学附属病院で、入院初日から早々に開始された。
3/2、夫と病院へ行った。
「まず治療方針を聞くべきでしょう」と父の面会より先に、医師の予約を入れてくれていた。
さすがだ!私は頭がいっぱいで、そうしていいのかさえ分からなかった。
改めて、この夫を与えてくださった神に感謝した。
父は会うなり、「なんで、今日こうなった?お医者さんはとても忙しいんだよ」と目を丸くした。
あたかも、多忙な医者の時間を取るな、と咎めるようだった。
が、夫が事情を説明すると、父はそんなことが出来るのかといった顔で感心していた。
実際、父は入院後に初めて、医者との総合的な時間を持ったようだった。
状況の把握が進み、私たちは現状を理解した。
■類天疱瘡(るいえんぽうそう)とは?
本来は体を守るはずの「免疫(めんえき)」が、まちがえて自分の体を攻撃してしまう病気(=自己免疫疾患)の皮膚版。「皮膚や粘膜が、べろんとはがれる」
皮膚の構造:
【表皮】
────────── ← この接着面が攻撃され、✔水疱✔びらん✔ただれ✔紅斑が発生
【真皮】
■これまでの経緯
大病院でステロイド20mと中等量の投入に限界を迎え、2024年に慶應義塾大学付属病院(以下、慶應病院と略)へ。激しい水疱が、口、喉、食道に。ステロイドを増やすには入院治療が不可避。が、父が仕事を辞める決心を出来ず、回避して2年経過。
今回の経緯は、1月に発症したリウマチーー手足がパンパンに腫れて歩けずーーによる。
涙点疱瘡との関連性はないと医師は言った。父には、父の景色があると思うが、私から見ると、神がリウマチを罹患させた、と思った。父がいつまでも頑張るのでそれを与えた。そうでないと、仕事や家を手放せなかった。
私に映る景色はこうだった。
実のところ、父の我慢強さには、医者でさえ舌を巻いていた。
「24年から食道の皮膚がめくれているんですよ。画像見ます?」見た瞬間、おえっ。吐きそう。画像に驚いた。
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医師:重症です…。こんな状態で今までどうやって…?
普通は食べられず、入院する人が殆どです…。
夫 :(父が)よく我慢してたね…。
医師:(大きくうなづいて)おっしゃる通り…。
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忍耐強いことは良いことと信じる私だが、時と場合によりけり、とこの時は心底、思った。
■治らない病と希少な症例(糖尿病、感染症…)
医師「この病は、治癒が難しい。今の医学では、寛解(=かんかい)しかない」
病気の勢いを抑えるために免疫抑制の治療を開始し、効果は出始めている、と医師は言った。
「まだ口の中は剝けています。ただ、範囲がすこし狭まってきている様子がある。
あと『歯磨きをしても出血しなくなった』ですよね?明らかに治るのは、まだまだ先。
ですが、少しづつ反応し始めていますよ」
入院前は、真っ白だった父の顔に精気が少し戻っている。父は、他にも病がある。
・1型糖尿病
「かなり珍しいタイプですよね。涙点疱瘡の治療で、ステロイドを飲むと、誰でも副作用がある。血糖値が上昇。その中で、1型糖尿病が最もコントロールが難しい。インスリン量を注意して調整していきます」
さらには、入院前の検査で、感染症の肺MAC(マック)症がありそうと分かった。
「通常は経過観察ですが、桜子パパさんの場合、免疫抑制をかける。だから、その感染症が悪さをしないか、というのが非常に大事な点です」
このほか、歯が毎年抜けていた。皮膚の炎症で歯ぐきからごそっと取れてしまう。
将来的に歯が全部抜けるのか、と尋ねたら、今日から歯科の介入が入ったようだ。
医師は父を、「我々も診てて不安になる方」と評した。
■退院時のゴール
・今後、より強い治療をするかもしれない。
・方針を色々検討中で、より詳しい検査や、場合によって抗生剤を飲む、可能性あり。
・皮膚科としては、ステロイドとは別の、免疫抑制剤開始の検討も、再発防止のためにある。
父「……大変な病気ですね。…肺まであると思わなかったなあ…。」
<この先の予定>
・高容量のステロイドを2週間継続、好反応であれば、減量していく。
・薬の効果がいまいちなら、減量の期間の変更や、追加治療を検討。
・重症例では、透析もある。もしかしたら、+αで入院が延びる。
<退院時のゴール>
・容態が安定し、ステロイド30㎎になれる。→以降、外来にて減量を行い、最終的に5㎎を目指す。
※一般的に5mgが①副作用なく②ちょうどいいバランス、という考え方があるそう
したがって
◎通院で「5㎎になる」を目指すために、まずは30㎎での状態安定を目指す。。
5㎎になるのは早くて2年後、ちょっとづつしか、減らせないのだ、という。難しい、難しい治療のようだ。
身体が暴れる原因に、、酒や食事はないという。ただし、糖尿病だから血糖値の上昇に気をつけて。
ストレスが最も身体に悪い。だから、よく眠り、気をつけながら生活して。
そんなふうにして、話を終えた。
父は私たちと再会した時もそうだったが、終盤になってもまた、同じことを繰り返した。
「自分のためにみんなが動き回ってくれて、本当に申し訳ない・・・!!」
うっすら涙ぐんでいるようだった。
何度も何度も、同じことを言って、医師に詫びていた。
私は帰り道、夫に呟いた。
「ここは病院じゃない?なんで、父は当たり前のことを、何度も言うんだろう?病院は支援してくれるところだよね?」
夫は、
「生きてきた時代が違うんだよ。人に迷惑かけないように、と言われて、お父さんは苦労してきたんだよ」と私を諭した。
「お父さんの長い長い、修学旅行だね」
病院にいることは、旅行だと夫は言った。
そういえば、
長年、家長として父は人一倍、頑張り続けてきた。休みがなかった。
帰りに見た、信濃町駅は心なしか、キラキラ光っていた。
by桜子

