見知らぬ女性アンは、優しく、また機転の利く人だった。
別れ際、「知らない人の車に乗ったと聞いたら驚くはずだから」と、キティ家に挨拶すると寄ってくれ、「よかったら明日車で外へ連れてってあげるわ」と申し出てくれた。
私は彼女の後ろから、ウン、ウン、(行こう)と無言で頷いた。
だが、キティはどうも乗り気ではなかったようだ。
〝アンと一緒にいたかったら、明日の午後アンの家へ行けばいい〝と言い、〝午前中はニューキャッスルへ行こう(家から列車に乗って約1時間)〝と言う。
朝、起きるのが遅く、時間どおりに行動しない彼女。病気なのか、性格なのか、いずれにしても、期待が長引くと心が病む(聖書)の言葉どおり、それを信じてまた心がどんよりするのは、もう嫌だった。
「いいよ、ニューキャッスルに行かなくて」と申し出を遠慮したが、
「私、そこで用事があるからどっちにしても行かないといけないの」と言う。
なんだ。用事があるんだ。また自分のためなんだ。
じゃあ、私も本音を言ってもいいよね。 「じゃあ、午後はアンの所へ行くね」
翌朝――
キティは歯が痛むと言った。「まず一緒に歯医者へ行って、
それからニューキャッスルへ行こう」と言い出した。
ああ、まただ。
「ねえねえ、ニューキャッスルは行かなくていいよ。私、ここでお世話に
なっているだけで十分なんだから。今日は午前中は出かけない」
と努めて前向きに応じたら、
「なんですって! 私と過ごす最後の一日なのに!?」
と、瞬間湯沸かし器みたいに形相を変え、自室にバタンと入ってしまった。
その後のことは省略する。結局、私が折れて歯医者に行き、ニューキャッスルへ行った。
駅で黒いカラスと白いハトを見た。
左が悪魔で右が神様・・・みたいな気がした。
私はいまどちらを彷徨っているのだろうか。今日はどんな日になるだろう。
ああ、神様、助けて・・・!
というような、か弱い声は出なかった。そんなことより、神様は
すべてご存じだから、もう〝身を任せよう〝と委ねていた。
この後どうなるだろう、というつぶやきは、他人の話を聞いているかの
ようだった。
これを信仰と呼ぶか、あるいは怠慢(祈らない罪)というべきか、
どちらになるのかわからなかったが、子供の童謡にもある、
♪かみさまの言う通り♪と思った。
だが、キティは、道すがら、3度も私を試すようなことを言った。
「桜子、日本に帰るの、楽しみでしょう?」
・・・忍耐、だよ、人生は。
渋々出かけたニューキャッスルだったが、駅は巨大なショッピングモールと隣接して、
「桜子、どこか、興味がある所ある?」と尋ねられた時は、ない、と答えるのが厳しかった。(ここへ放ってくれたら一日中遊んでいられる自信があるよ、とは言えなかった)
古い街並みは圧倒的な美しさを放ち、私のテンションは少しずつ上がっていった。
お昼時--日本食を食べたい?と、また、冗談のような質問が来た。
頭が悪いのかと思った(ごめんなさい)。
「私、明日、日本に帰るから、食べたくないよ(笑)でも、キティが食べたいなら一緒にいくよ」と答えたら、
連れて行かれた。 Japanese restaurant WAGAMAMA
お店の前で、にっこりと笑う彼女。ギャグだ、と思った。ブログのオチにしては出来すぎだ。旅に来てからずうっっっと、くすぶってたものの正体が分かった。
そうだよ、彼女ってXXXXだよね???
私は神様に興奮しながら語りかけた。
神様、神様、これはブログネタにするにはすごすぎます。でも、面白すぎるから、私、ぜったいブログに書きます。だけどみんな作り話だと思うでしょうね・・・
心の中で叫んでいたら、
「wagamama大好き!お気に入りなの!」とキティが喜ぶから、
また可笑しくなって、私はシャッターを切るとき、手が震えそうになった。
ぷぷっと意地の悪い笑い声が洩れた時、ハッとした。
この笑いは、いやらし過ぎる。人としてあってはならない、と反省した。
だが、想像もしなかった日本食のレストランのネーミングは激驚き、
と言う単語はないだろうが、本当に驚いた、の一言だった。
そして、その夜――
信じられないことに、私たちの仲は回復した。二人寄り添って、インターネットを見ながら楽しく会話した。朝に喧嘩したことが嘘のようだった。
神様、ありがとうございます。すべてあなたさまのおかげです。
感謝の言葉を、私は手帳に書かずにはいられなかった。
明日はとうとうイギリスを発つ。
(次回、最終回)