月別アーカイブ: 2018年2月

暗くならない葬儀

先日、ご葬儀の受付をほんの少し、手伝わせていただいた。

私にとって、教会の葬儀で受付は初体験。教会の葬儀自体も久しぶりだった。

一緒に受付を担当した姉妹が「不慣れで・・・」と事前に仰っていたわりには、プロと見間違うほど上手かったので、焦った私も精一杯、失礼がないよう、務めた。

さて、定刻になり、お別れ会が始まった。
私は受付に立ちながら室内に流れる司会者の声を聞き、祈りの声を聞いて、今日は来てよかったと感じながら、「教会の葬儀は実にいいなあ」と素直に思った。

2016年に義父が召され、身内だけで静かに見送ったが、どんなに地味に行っても、葬儀は悲しみや暗い気持ちに包まれる。一方、教会で行う葬儀は、もちろん悲しみが伴うが、同時に希望がある。暗さがないのだ。なぜなら、教会では「死んだら天国で再会する」と皆が信じているからだ。これは、

「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたも、あなたの家族も救われます」

という聖書の言葉に起因している。

だから、葬儀には、「またいつか会う日まで」という聖歌にある通り、しばしのお別れ、と捉えている。

死はけして終わりではない。そう信じている人たちがお別れ会を行うと、神などいない、とふだん豪語する人でも、参列した途端に不思議な安堵感を感じるのではなかろうか。

「祝宴の家に行くよりは、喪中の家に行くほうがよい。そこには、すべての人の終わりがあり、生きている者がそれを心に留めるようになるからだ。」伝道者の書7:2

終了後、私は帰宅すると、夫の葬儀が気になった。
今のうちに、彼のその時について意向を確認しよう、と思った。

「ねえ、ねえ、あなたが亡くなった場合なんだけど、教会式でやっていい?」

夫は間髪入れず、「俺が死んだ後のことなんか、知らんわ」と言った。ごもっとも、と思いながら、「じゃ、好きにさせてもらうね」と言った。葬儀は故人のためにあるのではなく、残された家族や関係者のために絶対的に必要なもの、というのが私の持論だ。私の納得がいくようなスタイルで、彼が亡くなったら別れをすることにしよう。

とはいえ、今はまだ、夫と離れたくない。
彼の健康が不安になるたび「彼はわが家に必要です。まだ取らないでください」と訴え続けている。

貫田宗男おじさん、ついに日テレ専属タレントへ?!

私のおじ、天国ジジイ、が今夜日テレの特番に出るというので、録画して見た。

実は年末に、南極からの便りがいくつか届いていたので、なんだろなぁ、と思っていたが、コレだった。

いきなり机から出てきて、もはやタレントじゃん!!

レギュラーといっても、過言ではない叔父の活躍ぶりにちょっとビックリ。

でも、叔父は目立とう精神の人じゃなく、本人もテレビに出たいわけでもないので、私は、そこがいいんだよな、と思い、密かに応援してる。

==2018年2月18日以下を加筆=

番組視聴後、南極にチャレンジした日がちょっと、気になった。12月末とあって、その頃、私は…。

Lineを見返してみたら、おじが南極の猛吹雪で寝れないというそのときに(番組の視聴で気づいた)、
「ねーねー、お正月にニュージーランド行くんだけど、薄くて暖かいアウトドアのブランドって、どれかな?!」という呑気なメッセを送っていて(当然その日はレスなし)、おじの凄いところは、1月初旬に「南極行っててレスできなかったよ、ごめん」的な、あたかも“何にも身の危険を感じることはありませんでした”といった普通の返信をくれたとこで、私は正直言って、あとからゾッとした。

番組見て分かったけど、南極にただ行っただけじゃなくて、山登りの局面では、凍傷する危険も、何かあれば死んでしまう可能性も、ゼロではなかった。山を登りながら、イモトさんが涙流す場面があったけど、そこには私も共感した。そりゃ、寒いし、そりゃ、辛いし、なんであんなことやってるんだって、なるよ……。

ウッチャンが放送後に、「あの年で挑戦する貫田さんはすごい」と言ってくれていたけど、身内ながら本当にそうだ、と私も思った。いつも身近なおじが、私にとって、なんだかカリスマ登山家に見えてきた(笑)。少なくとも、あの人の血が私にも流れているんだよなあーと思うと、私も何かできることがあるに違いない、と元気をもらった。

下山後のおじにはまだ会ってないけど、きっと南極の山に挑戦できたことは、かなり嬉しかっただろう。ちなみに番組ではわかりづらかったが、イモトさんと一緒に登頂成功できたそうだ。

また視聴率はとても良かったらしく、おめでとう!良かった!!

渋谷区保育園結果、落選で出来ること(2)

今から四年前に書いた私の「渋谷区保育園結果、落選で出来ること」記事が、今でもアクセス数が高い。
私はその後、職場に復帰し、新たに業務の傍ら取材活動も再開し、イクメン社長と呼ばれるサイボウズの青野社長にも会い、念願の渋谷区長にも話を聞いたが、それでも、これらより、このテーマにアクセスが集中するのは、それだけ、渋谷区のワーキングマザーが目を留めてくださっている証拠だと最近気づいた。

ならば、私にできることとして、渋谷区さておき、ママが何とかやりくりして子供を預けた結果、そのあとに何が待っているか?!ということを、私なりに書いて、誰かのお役に立てればと思う。

題して、「復職することについて」
次に、「子供を保育園に入れたことについて」
    (保育園では何が待っているか?保育園児はどう成長するか?)
最後に、「保育園のママ友付き合いについて」

今日は、復職することについて。

奇しくも、昨日は某大手企業で「キャリア形成の働き方」という、育休明け社員および時短社員向けのセミナーがあった。
そこでは(1)同社で働く管理職女性の「子育てと仕事の両立」の経験談と、(2)起業して稼ぐようになった女性の、2つの話を聞いた。

お二人が共通して言ったことで、私の印象に残ったことは、「仕事をあきらめるな(だから、社内で腐るな)」ということと、「働く力、稼ぐ力は大切に」だった。

やっと子供の預け先を確保して、可愛いわが子と離れ、職場復帰するのは最初は緊張する。
子供は泣くし、噂に聞いてはいたが、これでいいのか、と自分の選択が間違っていなかったか、反芻する。
それで、フルタイムでバリバリ働く人にはこの後の記事はあまり参考にならないと思うので、読んで頂かなくていいのだが、私のように、「まずは時短で」復帰した場合、職場での心理はどのように変化するか、というと、以下になる。


①復帰直後。やる気に満ち溢れ、職場でのコーヒーが新鮮に美味しく感じる。ずっと赤ちゃんと話してきたので、大人と何気なく会話できることの幸せを噛みしめる。

②早く帰るので、(この職場で)ありがたいなと思う。

③職場で自分なりに頑張る。

④ボーナスや査定時期に、評価面談を受ける。結果が、期待通りでないとショックを受ける。
 (頑張らない人と同じ評価が出たら、ちょっとショック)

⑤次に頑張ろう、と次に期待しても、また同じことが起こる。

⑥時短では評価は悪いんだ、と気づくようになる。(←遅いって(笑)?!)
「マミートラック(*)」という言葉を知るようになる。
 ※子どもを持つ女性の働き方のひとつで、仕事と子育ての両立はできるものの、昇進・昇格とは縁遠いキャリアコースのこと(朝日新聞コトバンクからの引用)

⑨働くことについてモヤモヤする気持ちが生まれる。この先が不安になる。やる気が徐々に落ちてくる。

⑦フルタイムにシフトしようか悩む。

⑦辞めたくなる(仕事も育児も家事も中途半端。自分に自信がなくなる。)

⑧「職場にいられるだけでありがたい」と考えるようになり、自己評価は最低に。自分なんか、職場にいなくてもいい、と思うようになる。(=自己卑下)

私の場合は、評価が悪かった時、何をすればよくなるのかと役員や管理職と一対一で会う、ということまでやってのけたが、結局のところ、まあ、私がずば抜けた業績を出さない限り、時短勤務の社員と、フルタイムの社員が並んだら、残業している方を高く評価するといったようなことをいわれたり、仕方ないじゃん、というような、はっきりとはいわなくても、空気を読め、というようなことを言われてから、もう、すっかり割り切るようになった。

それでも、やっぱり波のように、「こんな風に過ごして、私の10年後は何が残るんだろう」と考えて、じゃあ、今私は何が出来るだろう、子供を犠牲にしてまでやりたいことって何だろう、などと、職場復帰してからの遅い自分探し、が始まってしまう。

とはいえ、まあ、実は、これは私の例であって、時短する同僚には、「今のままでぜんぜんオッケー」と、のびのび働いている女性も少なくないので、皆にこれがあてはまるわけではない。

思うに、私の場合は、やっぱり、(自分の能力はさておき)仕事が出来る人になりたい、という気持ちが(実力がないとしても)たぶんあって、だからといって育児をおろそかにしたくない、という気持ちと交錯しているから、上記のような流れが出来たんだと思う。

それでも最後に、私はこのライフステージの変化で得たものについて述べて、最後は終わりたい。

出産を通して得たもの。
生きる喜び、家族の大切さ、一人では生きていけないこと、助け合うことの尊さ、愛する喜び。

保育園に入れてから得たもの。
マルチタスク管理技術の向上、調整・折衝・交渉力、リスクマネジメント、割り切り力、規則正しい生活、日常における重要度の管理、アウトソーシング力、時短力、(子供という得体のしれない、その日によって変化するものに対する)受容力。

結局のところ、「正解はないんだよね・・・」と呟いた女性管理職の一言にすべてが込められている。
私は女性がもっと働け、働け、とも思っていないし、かといって、それも否定しないし、また主婦であることも素晴らしいと思っていて、一人一人が適正に応じて、納得できる人生を歩めるかどうか、である。

逆告白のバレンタイン


※写真は2018年アマゾンランキングで1位だと言うガレーのチョコレートです

昨日の夜、娘のリクエストに応えて、デニーズで夕食。

お皿洗いしないで済むのはいいなあ、と思いながら、新聞を読んでリラックスしてたら、珍しくママ友からLINE電話。時計を見たら夜7時。こんな時間に、あれ、なんだろ?

「どうしたの〜?」と私が聞いたら、「明日、バレンタインだねぇ….」と彼女。
うんうん、そうだよねーと、私が相槌を打っているとその話が止まらないので、「で、用件は?」と切り出したら、なんと、これが用件だった・・・!

どうやら、聞いていると、彼女の小学2年生の息子が、うちのべべからチョコレートが欲しい、と。

なにーっ?!うちの子、まだ年長ですけど……!!!

「でも明日だから渡せないねえ」と私が返したら、「遅れてもいいよw」と、ママ友。
けど、それって私が今から全部お膳立てせねばならず、今週は娘を連れて仕事の後に買い物へ行く余裕はまるでない。
「じゃあ、すこし(うちの子と電話で)話す?」と言って、子供同士の会話を許可した。

あっちの子は、めちゃくちゃ、照れていた。うちの子は、ウフフフという感じで笑っていた。
それでも、しばらくすると娘は私の視線に気づいたのか、「ちょっと、表で話してくる」と言って、私の携帯を手に店外へ出ようと走っていったので、慌てて私はカバンを持って、後を追いかけた。
「ちょっとちょっと、それはダメ」

結局、「今度遊ぼうね」ということで、電話を切った。

切った後で、娘が、「Nくんがもし居たら、べべ(うちの子・仮名)は、ママに甘えられないなー。」とはにかんだ。
要するに、N君の前では自分がママに甘える姿は見せられないね、という、彼女の乙女心だった。

早くも女子として歩み始めている6歳児に、私はちょっと、くらくらした。
早すぎる、バレンタインデビューではないか。いや、今どきはこうなのだろうか?

早くも、時代は私のバレンタインから、娘のバレンタインデーに移行していくのだった。