カテゴリー別アーカイブ: 身の周りのニュース

私の味方はどこに?

ある方が呟いた。
「私の味方って、いるのかな…」


複数の人がいる場で、私は初対面だった。
言いづらかった。

だが、これだけは伝えようと思って、言った。



「この場でそれが誰だか言いませんがーーーあなたの味方はいます」



あとで、その人はそれを「うれしい」と述べておられた。だが、どう解釈されたろう?
それは人ではない。神だ。

(神が、あなたの味方なんですよ)

と、私は、叫んで伝えたかった。



・もしかしたら、今は誰もあなたの味方は、いないかもしれない。
・人はうつろいやすく、あてにならない。
・大事な家族や友人も、永遠の存在ではない。


そんな中で、神だけは、いつの時代も、孤独な夜も、揺るぐことなく、
私たちを一人一人愛している。
だから、神があなたの味方である。

               

わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。(イザヤ43:4)

もし神がわたしたちの味方であるなら、誰がわたしたちに敵対できようか
(ローマ人への手紙 8章31節)


信じられないと嘆く人もいるだろう。
私だって、孤独を感じる日もある。

でも、それは本当だ、ということはここに書いておきたい。


by桜子


追伸:タイトルと合う写真を探して、娘の幼少期の写真を偶然見つけました。
懐かしいなあ、可愛いなあ。イヒヒ。

自分を大事にしていい

人には、神が定めた、いくつもの人生の山がある。
大人になって私が乗り越えた「呪い」も、確かに一つの大きな山だった。

私は小学生のころ、日曜学校に通い始めてイエス・キリストを知った。
紆余曲折を経て信仰を持ったが、その後の道のりは決して平坦ではなかった。

若くしてキリストを知ったことが、私を何度も何度も苦しめた。
聖書に書かれている、この世の真理や、清いこと。
好き勝手して、老年期に神を信じるならいいけど、私は先に知ったから好き勝手できなかった。
今思うとそれは神の守りだとわかるが、当時は人生を好きに生きる人が羨ましかった。

「いっそ神を捨ててしまおう」と試みたことは数知れず。
けれど、そのたびに神は不思議な出来事を起こした。
人に話せば「偶然だね」と片づけられるようなことが、私には繰り返し起こった。

――神は私をなぜだか特別に愛している。神が私を手放さない。
降参して、私は今に至っている。

若い頃の私にとって、信仰とは「我慢の連続」であり、
「己を捨てる」戦いの連続であった。

当時、私の教会では合言葉のような言葉が飛び交った。
「頑張らなくていい」
「自分のことはどうでもいいよ。一番大事なのは神様」


その言葉を胸に抱えて、学生時代は特に辛く、また20代も辛かった。
持て余す、若いエネルギーはどうでもよくて、頑張らなくていいとは?
何をすれば神に許され、正解だと言われるのかが全く分からなかった。
日常はこの世であふれていた。修道女ならいざ知らず、
一般人の私は家に帰って祈っても時間が余ってしまい、
週末や、暇な時間を何に費やせばいいか、全く分からなくて悩んで苦しんだ。




結婚が、私に大きな変化をもたらした。
呪いからの解放だった。

夫との会話を通して、私は生きづらさを抱えた人であり、
「若い頃に自己理解を深めてこなかった」という大きな問題に気がついた。

なんのために 生まれて なにをして 生きるのか?
こたえられない なんて そんなのは いやだ!
なにが君の しあわせ? なにをして よろこぶ?
わからないまま おわる そんなのは いやだ!


私はやなせたかし氏の、アンパンマンの歌が大好き。

なにが君の幸せ?何をして喜ぶ?わからないまま、終わる。そんな人生はイヤである。



私は、主にあって、自分を大事にしていい。自分を上機嫌にさせていい。
そう知ったのは、だいぶ前だったけど、まだまだ、アラフィフの自分探しの旅は続いている。

あなたがたのからだは、あなたがたのうちに住まれる、神から受けた聖霊の宮であり、
あなたがたは、もはや自分自身のものではないことを、知らないのですか。

(第一コリント6:19)



力の限り、見張って、あなたの心を見守れ。いのちの泉はこれからわく。
箴言4:23


聖書をちゃんと理解している人には、私のような呪いは無関係と思う。
でももしかしたら、読者の中には心の呪縛がある人もいる、かもしれない。
そう思って、今日は書いた。



ああ、どうか、主にあって、皆さん、心と身体を大切に、大切に。
私たちは一人一人がユニークな存在なのだから…!

by桜子

mountain ranges covered in snow

まさか叔父がイッテQに!74歳の挑戦に思うこと

久しぶりにつけたテレビに、まさかの天国じじい。

最近、ずっと机に向かっていた。
勉強しなきゃいけないことがあり、社交、仕事、家事を控えて過ごしていた。

一区切りついた日曜の夜、食卓で娘が何気なくつけたテレビをぼんやりと見ていた。
久しぶりに画面越しの世界に触れた気がする。

その時——。
「えっ?……ちょ、待って!」

画面に映ったのは、まさかの叔父だった。

74歳の挑戦、登山家の叔父

叔父は74歳。イモトさんとの登山は7年ぶり。
この間、イモトさんは「ママ」となり、叔父は日テレにもう出ないものだと思っていた。

驚きすぎて二度見、いや三度見した。
第一、叔父から番宣は来てなかったし…!
興奮しすぎて、この日は思わずLINEでたまたまピンとくる人に連絡してしまった。

「いま、叔父がテレビに出てるんだけど!」

ああ、すごい。

叔父は、私の母の弟だ。
母は今、家に引きこもっている。私が電話しても、電話に出ない。
父に連絡したけど、このテレビを見られるだろうか?

私はテレビ画面に釘付けになった。

「ここから先は登れない…」

イモトさんと叔父が山に登る姿を見て、胸がじんとした。

滑落した中島建郎さんの話も、私は確かに昔、叔父の会社で建郎さんと会っていたと思い出し、「叔父の秘蔵っ子」という死の悲しみやいかばかり、と二人の目に光る涙に心苦しくなった。

ああ、やっぱり山は怖い。
命がけなんだよ。

そんな叔父は、以前、私の連載に無償協力してくれ、
その時に登山をするときの注意を話してくれた。
(※残念ながら、その記事はサイト閉鎖にて閲覧できず)
それで、山がいかに危険であり、リスク管理が大切かという話を聞いたのだけど、
この日はなんと、叔父がリタイヤするという、私の視聴市場初のシーンが出て、非常に心打たれた。

老いの現実を伝えつつ、その諦める選択をした姿は、悲しみとともに、美しく見えた。

夫は、「叔父さんは自ら退くことを決断できる人なんだね。それってなかなかできないよね。」と尊敬の念を込めていった。

ああ、そうだ、以前も、こんなシーンがあった。


何十年も前のこと。
新聞でも報道されたけど、
エベレストにあと少しで目標達成というとき、諦める決断をしたことを聞いた気がする。
私はそれを思い出すと、私はつい、母の言葉を思い出してしまう。

「神様は傲慢を嫌うから気をつけてね」と、ネパール出発前に、母は叔父に伝えていた。
彼がそれを思い出したかさておき、それがあって、今生きている叔父がいる。
もしかしたら、命を落としていたかもしれなかった。

その目立たない「ものすごい勇気」に、私はまた胸が熱くなる。
命あってこその人生。
生きていることは、それだけで素晴らしい。
私、あの人の血が、流れているんだよね…とぼんやり思った。

挑戦し続けるって、すごい

私の叔父は、74歳になっても挑戦を続けている。
私もまた、精一杯、人生を歩みたい。

久しぶりのブログ更新ですが、仕事の時間休をとってまで、書きたくなった今日の想い。
みなさんは最近、どんなふうに生きていますか?

色々あるけれど、一緒に前に向かって、天を仰ぎ、生きていきましょうね!

by 桜子

新年

「私なら神に尋ね、私のことを神に訴えよう」(ヨブ5:8)

新しい年が明けた。
わが家は昨年末に引っ越しをした。

思えば人生で、引っ越しとほぼ無縁で生きてきた。結婚の時も、夫の家に転がり込んだ。だから、荷造りから当日の心得まで、大変であった。


引っ越してすぐ過労で寝込んだ私は、一週間ほど経ってから、夫とご近所へ挨拶巡りをした。
すると、隣は、私の同級生のお母さまが単身住まいであり、
わが家の上は、知り合いのクリスチャンの妹さんがこれまた単身住まいと分かった。


「まるでこの家に住みなさい、と用意されたかのようだね」と、夫は驚いていた。私もたまげた。
いつも不思議なことが起こるわが家だが、そもそも、近所の挨拶だけで、どうやってお互いの素性が分かったのか、という話である。が、これは、割愛する。

兎にも角にも、
私たちはごく自然な流れで、ご近所さんらと知り合い、この新居は神様が用意された、という確信を強めた。

で、あるならば、この地で暮らす私たちの生活を、神が祝福しないはずがない。
磁石のマグネットのように、わが家が用いられたらいい。
何しろ、駅から近いから、うちは便利だ。

今年も神と共に歩む暮らしを胸に、人が生きる意味や日々の仕事や生活について思い巡らす。
皆さんの新しい一年に、神の恵みと平安がともにありますように。

by桜子





Chip Tanaka

世界の作曲家、Motherの田中宏和氏と会う

最近思ってること。

「思ったことはやりましょう!

我々にはもう、ためらってる時間はあまりない!」

大泉 洋

ほんとそうだよね。誰が見てても、見なくてもいいじゃん。
面白かったことや、うれしかったこと、気づいたこととか、書いちゃおう。

ってことで、先日は作曲家のたなかひろかずさんに、バッタリ会った。
昼休み、めったにいかない夫の会社に寄ったら、得した~。
ポケモンのテーマソングを作曲し、ゲームミュージック界のマエストロとして世界的にも知られる有名人であり、「田中宏和という同姓同名運動」で3番目の人。(私の夫は2番目)

「同姓同名運動でも見かけないレアキャラだー!」と私は、彼に会って年甲斐もなくはしゃいだ。
初対面だったので。そして、なぜか、この日はいっぱい話せ、フランクな方だったことも、とてもうれしかった。

奇しくもCDを発売したばかり!糸井重里さんともイベントされたばかり!
MOTHERのおんがく。 – ほぼ日刊イトイ新聞 (1101.com)

More Lost Tapes byたなかひろかず

宣伝しときますね!ってブログ掲載許可もらった!記事はこちら→たなかひろかずは「MOTHER」の音楽や“めざせポケモンマスター”をどう作った? 佐藤優介が聞く世界的作曲家の秘話 | Mikiki by TOWER RECORDS

一緒に写真で、ありがとうございます!

私、超うれしそう。
この日は仕事でストレス過多だったから、ものすごい気分転換になった。

ミーハー魂、炸裂。
恥ずかしいけど、今日も、神様のキセキに感謝。

by 桜子

パプアニューギニア国旗

パプア大使とイッテQの妙

神様はいつも人生にちょっとしたスパイスを落としてくれる。


去年わが家は、ちょっとした小さな縁で、パプアニューギニア大使一家と親しくなった。
私はたいして英語が出来るわけでもないのに、ニュージーランドから帰国したばかりだったから、次なる地はパプアニューギニアか?!と神の導きを感じて、パワーで英会話に励んだところ、彼らが食べたいというラーメン屋さんへお連れするという光栄に預かった。


そんなわけで、それまでパプアニューギニアの場所すら心もとなかった私が、地理や民族を知るにつれ、興奮したのは、日テレで「イモトのパプアニューギニア特集」があると知った夜だった。

すぐさま大使夫人にSNSを送った。
「今夜あるよ」

さほど気合もいれず連絡したそれが、やがてわが家での録画鑑賞会に発展していった。
見逃した夫人が、データを求めたので、困った私が、「うち、録画してるから見に来れば?良かったら夕飯も一緒に」と言ってしまったせいだった。

メニューは、悩んだ末、B級グルメにした。以前彼らが恵比寿のラーメン屋さんに舌鼓を打ったため、たこ焼きを前菜にした。これは、日本のストリートフードだよ、と紹介したら、美味しい!と喜んでくださった。

で、メインディッシュが日テレの録画データ。
珍獣ハンターイモトワールドツアー in パプアニューギニア|世界の果てまでイッテQ!|日本テレビ (ntv.co.jp)


放送では、「パプアニューギニア人は笑いやすいので、こんな小話でも笑うか?という街頭実験が行われていた。映像では、現地の人たちが大笑いしていた。
これは、日本人だったら絶対に笑わないような話で、私は映像の意味を解説しようと彼らの方を向いた。

そしたら、
な、な、なんと、すでに一家が隣で笑い始めていた…(!)


オーマイガッ!
実験が本当に正しかったと、私は日テレさんに連絡したくなった。
番組で説明していた通り、パプアニューギニアの人たちの笑いの沸点は低かった。
意味が分かる私と主人と娘だけが顔を見合わせクスリと笑った。



富む者と貧しい者とは互いに出会う。
これらすべてを造られたのは主である。(箴言22:2)



by桜子



mountain ranges covered in snow

K2滑落、日本人登山家2名の捜索打ち切り

中島建郎さんのニュースはショックだった。お目にかかったことがあったように記憶していた。
K2滑落の日本人2人 救助活動を打ち切り 所属会社が発表 | NHK | パキスタン


瞬間的に、叔父がエベレストに旅立った日を思い出した。
あの日、自宅には私と母とおばあちゃんがいて、祖母の黒電話から、成田空港にいるという叔父が、「これから山に行ってくる」と言った。ギリギリまで言えなかったのだ。
あのときの祖母の背中や、母の顔、祖母の室内の感じを今でも覚えている。
何があってもおかしくない。母は叔父のことを毎日一生懸命に祈っていた。


最近、テレビで登山番組が身近に流れて、登山がエンターテインメントの一つに写ることがある。
技術は進化し、大昔のそれより楽になった部分もあるのかもしれないが、山は山。行けば、大自然の中で頼れるのは自分だけ。

捜索は打ち切られたけど、もしかしたら、どこかで生き延びている可能性もあるのか。

私は山に向かって目を上げる。私の助けは、どこから来るのだろうか。(詩編121:1)

この聖書の言葉の続きには、私の助けは神から来る、と書かれている。

by桜子

moon in wonderful blue sky in evening

Nothing is impossible(2)

「人にはできないことも、神にはできる。(ルカ18:27)」

ブログ更新が滞っている間に、新規プロジェクトが2つ取り去られた。
一つは、賑やかなニュージーランド一家が、日本を満喫して、無事に帰国した、ということ。
そしてもう一つは、中1の娘が渋谷の家を出て、私の父のもとへ行き、そこで暮らしはじめたこと。

私はニュージーランドの家族をもてなす気力はゼロだったが、
全部できたし、箱根にもいけた。
それは、めちゃくちゃ楽しかった。
そして、わが子が早くも独立した。

どちらも全く予想外だった。



娘がいない家は静かだ。
私は、意気揚々と家を出る娘を見て、苦々しく思う(娘は私をうざったいと感じている)と同時に、妻を手放さざるを得なかった父のもとへ、”太陽”を送り込んだ気がした。


かようにして、神の計画と言うのは人には計り知れぬものである。

by桜子

Nothing is impossible

3月、私は怒涛の介護生活は突然に!をブログに書いた。
私は、助けを求めていた。


その結果は、神のみぞ知る。
が、一つ伝えたいことがある。
それは、自分が、やっぱり神に選ばれし者だなって感じているってこと。



実際のところ、私は先月こんなふうに思っていた。


ああ、なんでこんなに疲れるんだろう?!
そうだ、新規の案件がたくさん走っているからだ!
仕事も新規プロジェクトだし、プライベートも新規プロジェクトが2本、走っている!
中1の親になるのも初めてなら、介護も初めて!
3つの案件が同時進行で走っているからパンクしそうなはずだよ、オイオイ!!!

って感じ。

こうなると、脳が疲弊して、誰に連絡するかを考えるだけで、頭がシューシューと沸騰したヤカンのように音をたててくるので、何も考えずに済む外部のメンタルヘルス機関に電話した。



と、

こんな私に、神はさらに新規案件を投下してきた。
それは、ニュージーランド一家の来日(17日間)である!


昨年、私たちはニュージーランドにいて、家を失い大騒ぎであった。
この変な日本人家族(私たちのこと)が帰国後、なんと、私達ロス(=あんたがいなくなって寂しい)になってくださったニュージーランド人のご家族がおられて、時折私たちはビデオ会議などをしていたのだが、半年以上前に「会いに行くよ!」と計画くださっていた。



私にとって、大好きな彼らであるが、今の私は彼らをもてなすのも、一緒に観光へ出かけることも厳しかった。



だが、夫は彼らの提示してきたスケジュール表を見て、

「え?!毎日うちに来ないの?毎晩、うちで食事かと思っていた!」
と、呑気であった。

「いや、それ、私が困るし…。私、まったく余裕がない」と低い唸り声をあげる私に、

「僕、あるよ」と、夫。


夫も私と同じように疲れているのに、この差は何なんだ!と信じられない思いがした。
同時に、そんな彼が誇らしく、尊敬の念もあり、どうしたら私も彼のように振舞える大人になれるのか、と考えた。


by桜子


つづく。