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sakurako について

Sakurako,a business working woman who live in Shibuya,Tokyo.

woman with umbrella on beach

山口周に18時間寝てる?と聞かれた女

 最近会う人、会う人に、「山口周って知ってる?」と宣伝部長になっている私。
飛ぶ鳥落とす勢いで、出すビジネス書が売れに売れまくっていると思しき文筆家、それが山口周だ。

ダイアモンド社のアマゾンに貼ってあった広告見つけた↓コピーライト:アマゾン&ダイアモンド社

宣伝部長すぎますか?

ググったら、NHKにも出てて、たまげた。



本を読むと、キレッキレの文章を書くので、今さらながら、この人めちゃくちゃ頭がいいんだ!と感嘆し、よく友達でいてくれたよな~と思った。なんで未だにつながっているか、というと、神の技、と言うしかないが、なんといっても、インタビューしたことでつながり続けられたのではないか?と思う。

それで、昔のインタビューを久々に見たら、吹き出したので、紹介したい。
当時の日記から抜粋する。

===
■山口周の読書法について聞く

山口「もうビジネス書ほとんど読まなくなっちゃった。寝ちゃうよねえ、やっぱ。
あのね、本は食べ物と同じで自然に読みたくなるものを心が求めているんだよ。この間、西森栄三郎さんの本を読んだら、『アムンセンとスコットの冒険』を読んでさ、『ゴンドラの都』がメタファー、『アドリア海の女王』をメトノミーというんだけど、同じ「ベネチア」のことを指してもゴンドラの都だと分かるけど、アドリア海の女王っていったら、何かわからないだろ。掘り下げていくことをメタファーっていってさ・・・」

桜子「え?なんて本?」

山口「アムンセンとスコットの冒険」

桜子「ヤムウンセン?」

山口「それくらい知ってろよ!アムンセンだよ」

桜子「タイ料理にヤムウンセンってあるんだよ~(汗)」

山口「あ、マジで?」

桜子「ほら、知らないじゃん!」

■星野道夫をあなたは知っていましたか?by桜子
山口「なんでさあ、おんなじ時間を生きているのに、桜子そんなに何もしらないわけ?もしかして18時間しかないわけ?」

桜子「え?18時間しかない?失礼だよ」

編集部「桜子さん、違いますよ。岡本さん、『18時間寝てるわけ?』って言ったんですよ」

桜子 「え!?もっとひどいじゃない!18時間寝てる?そんなわけないじゃない!」

山口「まあ、俺もすごい寝てるけどさあ・・・」

桜子「・・・私はね、きっとね、(岡本さんが何かを得ている)その裏で何か他のことを得てるんですよ」

山口「いや、それ、ないでしょ」

桜子「うん、そだね。・・・(しばし無言)あー、もうインタビューする気、失せたっ!」

山口「いやでもねえ、パロアルト(FXPALはパソコン発祥の地(詳しくはココをクリック))知らなくても、星野道夫はフツー知ってるぞ」

桜子、無言

山口「でね、俺ね、攻めていると発展しないから、桜子にソリューションを提供する。桜子ねえ・・・(しばし間)・・・・18時間寝てる・・・・わけじゃない、そうだよね?寝すぎじゃないんだよね??」

ムッとする桜子に少し考える岡本氏。

山口 「・・・本屋、行ってる?」

桜子 「ネイルサロンには行ってる」(ふんぞり)

山口 「ネイルサロン、それ、バシバシ行っていいんだけど。ただねえ、俺、自分のことを考えると本屋な気がします。ぷらぷら歩くんだよ。そういうことしたことない?」

桜子無言に、編集部、思わず吹き出す。

編集部「桜子さん、(^w^) ・・・ふふふ。珍しく止まってる~(大笑)」

桜子 「いや、もうさあ、本当にインタビューやる気力が失せちゃって、なんで場所を変えてやり始めちゃったんだろう。もうさっきのでおしまいにすれば良かった」

山口 「星野道夫はさあ・・・」

桜子 「もういいよ」

編集部「桜子さんはね、感受性がね、感受性が高いんですよね(笑)」
↑フォローしてくれてる

桜子「私、思ったんだけど、私が桜子じゃなくて、Tさん(編集部)が桜子やれば良かったのに」

編集部「なに言ってるんですか、ハハ」
↑この方は優しい

山口 「いや、でもさあ、感性がないから本屋に行かないんだろ?俺、むしろ、そっちだと思うぞ」

桜子 「アー?」
↑不良の真似。※生まれて初めてインタビュイーの肩元を掴んだ。。

山口 「桜子こうなってるんだよ(没頭ポーズ)こうなって一点集中で本を見ているからだよ」
=テープの書き起こし作業が実に空しい。もうこのトークはカット=

===

「ね、おかしくない、笑っちゃうよね~」と私は言いながら、この文章を読ませたら、夫がいつになく怪訝な顔をして、こんなことを言った。

 「そんなの載せていいの?プライドないの?」

by夫


私、うれしかったねえ…。

今日も読んでくれる誰かが笑ってくれればいいじゃん!って言ったら、
俺にはその気持ちわからんが、というような顔をして、君がいいならいいや、というようなことを言われた。

いや、心配してくれる誰かがいるのって、実にありがたいね。
この人と結婚してよかった、と思った。


最後に聖書をご紹介しておしまいにする。




いったいだれが、あなたをすぐれた者と認めるのですか。
あなたには、何か、もらったものでないものがあるのですか。
(第一コリント人への手紙 4:7)



今日もよい一日を!

by桜子

オープンダイアローグと私⑪森川すいめい氏に会う

私はごく普通の、渋谷在住ワーママだ。夏に、フィンランド式精神医療、オープンダイアローグ(開かれた対話)①に出会って、心はオープンダイアローグにロックオン。わが師は、第一人者の精神科医、森川すいめい氏。学友は、講座で出会った多士済々な23人。このシリーズは、“すいめいとゆかいな仲間たち”に出会い、オープンダイアローグを追う、私の個人的ログである。

* * *

10月最初の土日に、また渋谷区のオープンダイアローグ講座の続きが行われ、一か月半ぶりに皆さんと再会した。

先生は、私が8月に受講した感想文(このブログ)を見つけて、当時、書いた記事すべてリツイート(=拡散)してくださった。ちょうど、すいめいさんへDMする(=ダイレクトメールを送る)方法を考えていた翌日だっただけに、私はいま神様の御手にある、と家で飛び跳ねて喜んだ。

そんな先生と再会💛内心、すこし緊張していたが、先生は私を見ると仰った。



「靴……変えました(´◡`)…………。」

!!!

往年のドリフターズギャク、
天井から金タライが脳天に落ちてくる感じ、って言えば、伝わる世代には伝わりますかね?

*靴の秘密はこちら:フィンランド式精神医療、オープンダイアローグ(開かれた対話)③


私は、毛穴から汗が一気に吹き出て、大慌てで弁明した。
まさか靴を取り換えるなんて思いもしなかった。そんなこと、全く望んでないのに!


でも先生は、

「あの靴、ベロンって……取れかかっていましたから……」
と、穏やかな、いつものすいめい節で、ゆっくり言葉を紡ぎながら、少し笑った。(そう見えた)

で、一方の私は、のべつまくなしに、心の中で独りごとを言った。
(先生、私、もしかして、傷つけましたか?!もしそうならどうしよう!私、あの靴が好きだったのに!いったい、なんて私は書いたっけ?)

家に帰って当時の日記を読み返した。

***
なんと、くたびれたスニーカーだ。(後日その理由が私にはわかったが、それは後で書く)
あの靴が好きなのかな。その足元を、私はじいっと見ながら、この人はどういう人だろうと考えた。
***

そういえば、「後で書く」って、書いてなかった。
ああ、当時の気づきをもう少し丁寧に綴ると良かったのかしら?

私は彼の人となりを知りたくて、「NHKに出ていたよ」という情報から、過去の映像を見た。そこで、若かりし頃の彼に会い、靴はもちろん、圧がない理由も、把握したのだった。


このNHKの記事はぜひ、皆さんに読んでもらいたい。
すいめい氏の活動(路上生活者への支援)で始まり、彼の歴史に迫っていく。
私はよくぞ、この取材をしたとNHK取材班へ拍手を送り、取材と映像インタビューを許可したすいめい氏の懐の深さにも震撼した。


そういうわけで、あの靴は、彼の彼である証、と私は解釈していた。
だから、好きだったのに!


東奔西走しながら、
誰とでも水平に対話するための、
先生のくたびれた、スニーカー。

一方的に医療者が偉いみたいなことじゃなくて、
同じ目線で一緒に悩み、考え、『人生に答えはないよね』と言うことにとどまる
』森川氏。

今、彼の足元は新しい靴だけど、私の目には前と同じスニーカーに映った。
対話の旅に出る彼を運んで、きっとすぐさま、くたびれるだろうから。


毎日どんなふうに過ごしておられるのだろう。
ちゃんとお子さんと会えているのかな。奥さまと話は出来ているかな。
講座の後、早く家に帰れますように、と私は願った。


先生、私、書籍へのサインをされている姿を見て、それなら私も…なんて言ったけどね、
やっぱり私は遠慮しとくわ。

1分1秒でも早く、先生をパパと慕い、夫と呼ぶ、家族のもとへ帰ってほしい。
そうして、英気を養って、独りでも多くの人と対話し、かけがえのない時間を誰かと過ごす先生が安らげますように。

これからも応援しています!



by桜子


selective focus photography of bouquet of red rose flowers

一人で過ごした50歳の誕生日

 私のブログは、知人でほぼ成り立っている。生き恥をさらし続けて20年足らず、今日も、私は一人の読者に支えられ、日記を綴る。今日まで読んでくれた方、また偶然読んだ方、あなたの時間を、ありがとうございます!
 


 最初に、非公式だった年齢を、この節目に書いてしまった。50である!

 
 先日カミングアウトした「死にたい」とほざいた20代もある私。その理由はさておき、そんな思いを抱いた自分が、あと少しで死ぬ。そう思うと、不思議な気がした。渇望した死の曲がり角に来て、心配しなくても人生の終焉を迎えるのは事実だ。そう思うと、私はこれで終わっていいのか、と自らに問いかけていた。

 というのも、それと呼応するように、一枚のカードが引き出しから出てきたせいだ。

これは、20代で私が海外赴任する前に、弟が初任給で贈り物を買ってくれた折に添えられていたメッセージカードだ。数か月前に出てきたのが今でも不可解だ。そこに、神の計画があったように思えてならぬ。読めば読むほど、私の心の何かが、強烈に動く。

「お姉ちゃんへ 初任給で買ったプレゼント。
 神様から与えられた恵みを十分に生かせますように」

…私、これまで恵まれて生きてきた。
与えられた恵みはたくさんある。なのに、なのに、まったくソレ、生かしてないね…。

オーマイガッ!!!

 

 

  ちょうどこの日、私は家族に祝ってもらう算段が外れ、独りで過ごしていた。注文したケーキも、特に誰からも歓迎されず(注:娘を除く)、私の思いと外れた一日でしかなかったが、ちゃんと大好きなエステは堪能する機会が与えられ、私は見知らぬスタッフに手入れしてもらって、それなりの幸せを味わった。
 けれども、親しい人との暖かな交流はそこになく(注:娘を除く)それでも、私は静かに受け入れる気持ちでその感覚を味わえた。
 なぜか。

それは、時は確実に過ぎることを体感した50と言う数字に、死をすぐさま連想したからだ。私はまるで50歳の1人の誕生日を、臨終の備えであるかのように過ごす感覚に襲われ、神様の意向に沿っている気がしていた。



私は裸で母の胎から出て来た。
また、裸で私はかしこに帰ろう。(旧約聖書 ヨブ記1-21)



私は裸で生まれ、裸で帰っていく。

いつ亡くなるか分からないが、死を見つめて生きることはいいことだ。人の目にはまっすぐに見える道がある。その終わりは、死である。

寿命を全うさせていただけるとしても、私より年上の夫がいる私は、孤立する可能性が高い。
死ぬとき、娘や友人らがそこにいてくれるとは限らない。
人間は独りだ。

 誰からも祝われなくても、チヤホヤされなくてもいい。死ぬときは誰も天国へ連れていけない。私は一人で死を受け止める日がやがて来る。

 と、まあ、そんな風にして、私は、かなり奇特な誕生日を味わっていた。
異質な一日は、その翌日もなんだか黒い雲が迫ってきたかのように、ふわふわとおどろおどろしくもあったが、逃げてはいけない気がして、その思いを誰にも言わず口を閉じ続けていた。それが、私には必要な気がしたからだ。

けれども、夫が長い出張から帰ってきて、いつもの日常が戻るとやっぱり思った。

命あってこその人生、家族はいい。友達もありがたい。


しばらく開けずにいたFacebookを開くと、知人がメッセージをくれ、そうそう、書いておくと、誕生日当日もLINEで何人かメッセージをくれていた。返事を全く書けなかったけれども、感謝、と心では思っていた。

人は1人で生きられない。
そのことをまた実感して、人生の後半へ進む。

これから先もいろいろあるけど、踏ん張って生きていきたい。

50代以降も、ブログは更新していく。インスタに変えた方がいいのかな~と思いつつ、なぜ発信し続けているかよく分からない。でも、走りながら考えていきたい。

1ミリでも前に進めば大丈夫。 by IKKO


こんな私を、これからもよろしく!!!



by桜子

 

woman in white crew neck t shirt sitting beside brown wooden table with candles

ハッピーバースデー自分

 今日は原点に戻り、バカバカしい日常を綴る。


誕生日の前日、友人のウッディがNYから電話をくれた。
私は彼の用件はそこそこに、自分の話を切り出した。

「ちょっと、今日は私の特別な日なの。40代最後の日なのよ!」と声高に言ったら、

「えっ!!50になるの?…」
そう言った瞬間、間髪入れず、こう言われた。


「ババアじゃない!!!」


もう、私は絶句した。それ、友達に言う?!
でも、すぐに応えた。

「だよねー!!!アハハハハ!!!」

私、大爆笑。久しぶりにお腹を抱えて笑ったね。

うっすら、そうかな~と思っていたけど、やっぱりそうかってことで、大笑い。
電話の向こうで彼も笑っていた。彼の方がずっと、ジジイ、だけど!



 そして私はこの、ババアが、非常にツボった。こんな彼が、たまらなく好きだな、と感じた。
彼はクリスチャンで、深い信仰の持ち主だが、その彼がこのような言葉を使うとは!そう、クリスチャンだって、自由でいていい。私はそのことを味わい、爽快で幸せな気持ちになった。

 クリスチャンだから言っちゃいけないとか、これしちゃダメとかたくさんあるけど、私は彼と話すと、いつも心が軽くなることを知っている。
 彼の信仰に触れると、生き方全てを肯定できるようになる。前へ進む勇気をもらえる。

日本のクリスチャンはね、ババア、なんて汚い言葉は使わないよ。そんなこと言ったら教会から、矢が飛んでくるからね。


 長い教会生活において、「クリスチャンらしく」は私の呪いの言葉だった、と言語化できるようになったのは割と最近のことだ。「〇〇らしく」という呪文におさらばできたのは、今日にいたる成長だが、その昔、若い頃はよくこんなことを考えて教会に通っていた。 

 持って生まれた性格が地味な人は、教会だと有利…である。

 お化粧せず、飾りっ気のない女性は“いかにも姉妹らしく”見え、周囲から好かれやすい。
一方、そうでない華美で俗っぽい人は、眉を顰められてしまう。私はどちらかといえば後者に近かった方だと思うので、一生懸命にクリスチャンらしくあろう、と努力した方だったから、余計辛かった。

 
 こんな私も50歳。もうそれはとっくに過ぎたのだが、この日について、また書いてみる。

by桜子

うちのスプラコレクション

9日、任天堂のスプラトゥーン3が発売!

だから何?というのが私で、子どもはせっせと夫にプレゼンしていたらしく、気づくとグッズが山のよう…。

そんなスプラ経済効果をみていると、にわかに鬼滅を思い出す。。。いや、鬼滅は凄かった。スプラはどれくらいなのかな?

adult attractive beautiful brunette

オープンダイアローグと私⑩トラウマを持つ人との関わり

 私はごく普通の、渋谷在住ワーママだ。トラウマ、という言葉と無縁に生きている。

そう思っていたのは半月前までで、「フィンランド式精神医療、オープンダイアローグ(開かれた対話)①」のセミナーで女医さんから、「トラウマインフォームド・ケア」の説明を教わってから、考えが少し変わった。私にも関係あるかも、と思った。

 * * *
 前回、パワハラ上司の裏にトラウマありか、という気づきを書いた。本日は野坂祐子著「トラウマインフォームドケア」(*)に記載の事例から、他者のトラウマをどう認識するか、と言う点について考察したい。以降、性的虐待の記載があるため、不安を覚える方はどうぞ読み進めないでください。

=====!注意!=====性的トラウマを書きます。危険を感じる人は読まないでください。

ある中学校に、「義父から性的虐待を受けていた」という申し送りとともに、女子生徒が転入してくることになった。受け入れにあたり、学校ではこの生徒への対応を検討した。

おそらく生徒は男性をこわがるだろうと考えた学校は、女性教員を担当にした。…(中略)…ところが、転入してきた女子生徒は、男子生徒や男性教員をこわがるどころか自分から近づいていき、警戒心がない様子。べたべたと馴れ馴れしい態度をとるのが目にあまるほどであった。

拍子抜けした教員らは「もう、すっかり気にしてないようだ」と思い、支援体制は不要と判断した。むしろ、「あんなに隙のある態度だから、義父とのあいだに間違いが起きたのでは」という見方が強まり、支援よりも指導の対象とみなされるようになった。(野坂祐子著「トラウマインフォームドケア」より抜粋)


さて、これはどういうことだろうか?私がもし、教員の1人であれば、同じように考えた。そう思いながら、本を読み進めると、意外なことが分かった。そこには、大人の想像をはるかに超えた、肉体及び精神的ダメージが描かれていて、胸が痛む。長文になるが、筆者の記事をそのまま引用する。


一口に性被害によるトラウマといっても、幼少期の出来事と思春期以降に体験したものでは、さまざまな違いがる。また、加害者が身内なのか、見知らぬ人なのかによっても、被害の状況や影響は異なる。(中略)幼少期に身近なおとなから性的虐待を受けた子どもは、男性との距離感が近く、ベタベタして、性的にあけすけな態度をとることがめずらしくない。(中略)違和感を覚えても、からだや性器を触って来る相手の行為がいけないことだとは教えられていない。そもそも、子どもというのは、おとなとの触れ合いを求めているものである。「高い、高ーい」とからだを持ち上げられたり、脇をくすぐられたりするような、少しこわくて、ちょっと不快な感覚に興奮する。自分が知っているおとなを疑うことがないし、たとえ『いやだ』と感じても、子どもには断る選択肢もなければ、逃げ場もない。そのため、性的虐待を受けた子どもは、混乱しながら、その状況に適応するしかないのである。

 『おまえのことが好きだから』『これはおかしなことじゃない』『二人だけの秘密だよ(誰にも言ってはいけない)』という加害者の言葉を聞きながらからだを触れられてきた子どもは、愛情や信頼は性的接触とともに得られるものだと思い込んでしまう。性的虐待を受けた子どもが、親しくなりたい相手に触れようとしたり、相手の関心をひくために性的なアピールをしたりするのは、それまでに学んできた『人との関わり方』ともいえる。(中略)『からだと関わりかた』として身につけてきた方法である。

やがて思春期を迎え、加害者の行為が性的虐待であったことに気づくと、『自分はほかの子と違う』『自分のからだは汚れている』という考えにさいなまれるようになる。自己否定的な気持ちから自暴自棄な性行動が増えたり、「タダでやられるくらいなら、お金をもらえるほうがいい」と売春行為をしたりすることもある。加害者に裏切られたという思いだけでなく、加害者に懐いていた無邪気さや自分自身も快感を覚えたことに対して、自分のからだにも裏切られたように感じている。(以下略)」

 …さて、ここまで読んで読者の方はどう感じただろう?
 私はこの女児の内面と、これから起こりうる未来について全く知らなかった。心理学専攻でない私には、知らない話だし、もしかしたら心理学専攻の人でも、トラウマ専門でないと、このような機微に気づかないこともあるのだろうか。
 
 私はこの性的トラウマを知ってもらいたいのではない。それよりも、私のような無理解の人が引き起こす悲劇について、これは書かねば、と感じた。

 先に書いた通り「あんなに隙のある態度だから、義父とのあいだに間違いが起きたのでは」と(中略)支援よりも指導の対象と判断してしまうことへの恐ろしさがそこにある。
 いや、だって、仕方ないよね。トラウマを深く学んでいなければ、教育的指導として誰もが指導側に転じるだろう。だがそれは、児童の立場になれば、攻撃でしかない。
 
 関わる大人が、関わる教員が、無意識に指導するその言葉や行動は、その児童の心をさらにズタズタにする。指導という名の攻撃が市民権を得たら、その子の社会的転落は自明の理である。もしそうなれば、その子の未来はどうなるか。その子は、いったい、これから続く彼女の人生で、どこで心を救ってもらえるのだろう。
 
 そう考えると、本当にトラウマを持つ人との関わりは、周りの支援が欠かせない。同時にそれは、私たち一般人(と言っていいか分からないが、トラウマという言葉に深く反応しない者たち)にとって、大きなチャレンジでもある。私たちは誰もが誰かの他人であり、それはつまり、支援者の1人、ということだ。
 そこには、非常な忍耐と寛容と苦悩と疲労が伴い、人としての品性が強く求められる。

最後に聖書の言葉を紹介する。

新約聖書コリント人への手紙I 13:4〜8

 愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません。礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、怒らず、人のした悪を思わず、不正を喜ばずに真理を喜びます。すべてをがまんし、すべてを信じ、すべてを期待し、すべてを耐え忍びます。愛は決して絶えることがありません。


今日も良い日曜日を!


by桜子



 

shallow focus photography of white flower

オープンダイアローグと私⑨トラウマを持つ人との関わり

 私はごく普通の、渋谷在住ワーママだ。トラウマ、という言葉と無縁に生きている。

 そう思っていたのは半月前までで、「フィンランド式精神医療、オープンダイアローグ(開かれた対話)①」のセミナーで女医さんから、「トラウマインフォームド・ケア」の説明を教わってから、考えが少し変わった。私にも関係あるかも、と思った。
 
  野坂祐子著「トラウマインフォームドケア」(2019年12月25日発行)を取り寄せた。「トラウマとは、生命にかかわるような危機とそれがもたらす影響を指す」とあった。災害等の事件、家庭での虐待、ネグレクト、学校や職場の肉体的あるいは精神的暴力もトラウマになりえるそうだ。ああ、やっぱり私にはあんまり関係がないかも、と正直なところ感じた。

 だが、「生命にかかわるような危険」を、「自分の安心、安全を脅かすもの」と定義したらどうだろう?私自身にも、身近な存在として、トラウマが出てくる。そして、トラウマを抱えた人は、そこここにいるんじゃないか、という思いに至った。

 というのも、私は以前、チーム会議で発言する場になり、上司の論理に対して私自身の見解を伝えた所、彼から早口で責められたことがあった。長らく、恐怖でしかなかった彼のことを私はその日ふっと思い出した。あれは、もしかしたら、私の意見の是非よりも、彼からすれば、彼の安心と安全を脅かす行為そのものだったのでは、と。そんなことが、トラウマを聞いて、ふっと分かった。

 こんな話は、一緒に対話した参加者からも似た話が聞かれた。まるで作り話のような、パワハラ上司の実態ストーリーは耳を疑うばかりであった。そして参加者の人と二人で、元上司へ思いを馳せた。
・色々不安を抱えていたのかも ・慣れない環境になじもうと一生懸命だったのかも
・本当は孤独だったのかも   ・結果を出そうと必死になって部下からの非難を恐れていたのかも 等々。
2人でそんな話をしていると、心の中はなんだか暖かく、しんみりとする。
 
 他者を知ること、そして、その人の過去に寄り添い、配慮すること。この視点は新しい。実践は簡単ではなさそうだが、生きていく上での示唆に富んだアプローチだ。

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近年、さまざまな研究から、トラウマとなりうる体験は稀ではなく、多くの人にとって身近なものであることが明らかにされておいる。そして、暴力や対人トラブル、薬物やアルコールへの依存など、“問題行動”とみなされる言動の背景には、トラウマが影響している可能性があることもしられてきた。
 野坂祐子著「トラウマインフォームドケア」より

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#しばらくこのトラウマシリーズ続けます。

by桜子

adult business desk document

NTT幹部Youはその後どうした?インタビューから20年

「まだ生きてるよ、って書いといて。」by細谷僚一
その4:”インターネットの神様” NTTコム チェオ 細谷僚一 氏に登場。
現在インターネットマルチフィード相談役。

遡ること20年前、私の直属上司は事業部長だった。
それで彼が、「ほら、あそこに座っている人、偉いんだぞ。教えを乞え」と示してくれたのが発端で、親しくなった細谷氏は、私のインタビュー初めの恩人であり、頼れる大先輩です。

長らくご無沙汰し、今は何しているのかと調べたら、なんと引退されておらず!アフターコロナの現在、毎日インターネットマルチフィード本社の神田へ通勤中と聞いたから、なおビックリ。(私は在宅勤務ですわ)

「コロナに感染するから怖い、というのはないんですか?!」私が問うと、
「ワクチン四回打ってるから!」と平然答えた細谷さん。

コロナ以降は、会議はすべてオンラインになり、インターネット協会の会合でも、オンラインになるから効率が良い。調べ物はインターネットでどんどんできるし、仕事がはかどっていいね、と目を輝かせ、充実した相談役ライフを送っておられるご様子に、こちらが元気を頂きました。

<今だからの裏話 南場智子氏その18:ディー・エヌ・エー代表取締役社長 南場智子 氏
(当時:株式会社ディー・エヌ・エー社長 現在:日本経済団体連合会副会長)

ブログがまだなくて、メールマガジンしかなかった2003年。平社員の私は考えた。私のメルマガ編集後記を読んでくださっている読者がいる!うれしい。だったら「読者に役立つ話を届けたい」と、インタビュー独自企画を実施。
私の取材を快諾し、質問に答えてくださった細谷さんは、インタビュー後に、私が次の人の相談をすると、少し考えてから、DeNAの南場智子さんを紹介してくださったのでした。

メルマガでは10行程度、と考えていたので、質問自体は短かったのですが、笹塚のDeNA本社へ、私は1人でお邪魔して、今思うとよく、ガラケーで、写メを撮らせていただいたな、と。その後、インタビューのいろはを次第に学んでいきましたが、当時はご厚情をありがとうございました。

情に厚く、懐の深いNTTの幹部がおられることは、私の慰めと励ましでした。
これからもそのバイタリティーで、日本のインターネットの発展のため、後輩らを宜しくお願いします。再会に心より感謝。

by桜子


追伸:このブログに出てもいいぞ、というNTT幹部のOB,OGを探す旅に出る…かも、しれません。

word sorry beside flowers on white surface

オープンダイアローグと私⑧

 神がゆるされるなら、先に進みましょう。(へブル人への手紙6章3節)


昨日は毒を吐いてしまい、すみません。
なるべく有益で、前向きな発信を心掛けているブログですが、久しぶりに、日と月曜は非常に、落ち込んでしまいました。でも、今朝読んだ聖書の言葉に、こんな言葉を見つけたのでした。

神がゆるされるなら、先に進みましょう。

昨日まででもう十分苦しんだわ、と割り切り、次、行きます。リクエストに応えて(桃ちゃん、LINEありがとう)続き。一般人のワーママが学んだオープンダイアローグの気づきを書く。


 私は8月中旬、渋谷区で2日間オープンダイアローグのセミナー(フィンランド式精神医療、オープンダイアローグ(開かれた対話)①)を受けて、雷に打たれた気持ちになった。それは、オープンダイアローグの創る社会ーーあえて、創る、と書きますーーが、即座に分かったからだ。
 正しくは、今度、森川すいめい医師に解答用紙をもらいたいが、オープンダイアローグの実践は暖かい社会をつくるため
 
 インターネットを検索すると、オープンダイアローグの解説に、「統合失調症、鬱、引きこもり、発達障害、認知症」とごく一部の人たちのため、のように思われる解説が並んでいるが、私が感じたことは、これ、今の日本に必要な、みんなのためのコミュニケーションの形じゃん、であった。

 だから、オープンダイアローグは、何も精神医療の世界だけでなく、一部の専門家間で取り上げる話題でも、手法でもなくて、社会全体で取り入れたら、私たちの暮らしはずっと良くなる。ああ素晴らしいね、って私は終わった瞬間、目の前に薔薇の花がひらひらと舞うように、心底、感動したよ。
 
 だけど、瞬時にこうも思った。身体は正直だ。分かった瞬間、心臓の鼓動が速くなり、いやいや、まさか、この日本で無理でしょ?ありえないでしょまさか、すいめい先生、これを広めたいの?いやいやいや、これを会社でやるとか無理だし。だいたい、今の社会で、ビジネスの現場で、こんなにゆっくり、他人と会話する時間なんてないんだから!!と。もう、手を上げたい衝動を抑えるのが大変でしたよ。だって、そんなことしたら、セミナーを邪魔しちゃうからね。

とまあ、正直な感想はこういうものでした。
けど、あれから今日まで約2週間余り経つけど、走りながら私は考えている。どうしたら、これをもっと広められるかっていうことを。そして、どうやったらビジネスの現場で、取り入れてもらえるかっていうことを。(アイデア募集中)

ああ、今日はもう寝よう。

今日も、もしこれを読んでくださった方がいらっしゃったら、本当に貴重な時間をすみません。
ありがとうございます。m(__)m

by 桜子

本日のおまけ ↓ 前半がちょっと前置き長いですが、後半ストーリーは感動!

3分52秒で流れる東大小国教授コメント必見 
学校の中が排他的な空気が非常に強くなってきている・・」←いや、そうだよね、わかるわ~。

blue skies

フィンランド式精神医療、オープンダイアローグ(開かれた対話)⑥

 ■ここまでのストーリー■
精神科医の森川すいめい氏から、オープンダイアローグを教わったワーママの私。実践演習をやると、思いがけない他者からの告白に汗びっしょり。(詳細:フィンランド式精神医療、オープンダイアローグ(開かれた対話)⑤

 1980年代にフィンランド西ラップランドにある精神病院、ケロプダス病院で開発された「オープンダイアローグ」(開かれた対話)は、社会的な革命を起こした。
 当時、欧州では共産主義政権が次々と倒され、一連の民主化革命が起こっていたが、その波が、精神的な病を持つ人にも民主主義を与えた。
 なにしろ、「頭がおかしい人の話は聞いても無駄」の常識を覆し、彼らの一生を、入院暮らしから、解放させたのだから(約8割が回復)。

さて、この魔法のようなオープンダイアローグと日本の精神医療の現場での親和性は今日どうか、というと、森川すいめい著「感じるオープンダイアローグ」によれば、「今のところ変わる気配はない
 皆さん、知っていましたか?日本は、世界の精神科病床数の1/5世界最多の精神科病院を持ち、長期入院者が世界一多い、ということを。私は全く知りませんでしたよ。なんだかこれって、日本の司法制度が北朝鮮並み(元エリート裁判官が日本の裁判所の実態を暴露!)と同じ。異物、と認定したものは徹底的に排除する国=日本だったんですね…。


 さて、前段長くなったが、(フィンランド式精神医療、オープンダイアローグ(開かれた対話)⑤))の続き。参加者から、セミナーで内密な告白を聞いて私は自分なりの感じた想いを吐露して、汗びっしょり…。

その話を、わが家に来た高校の同級生に私は、熱心に話していた。
 「辛い過去の話を聞けば、そりゃあ、聞く方は疲れるよね。分かる。で、桜子はどうなの?もう二度と、その人の話を聞きたくないって思ったの?」

 この問いは、私にとって大きかった。すぐさま、「いや、機会があれば、うちにその人を呼んで一緒に食事したいなと思っているけども…」と頭をポリポリ搔きながら、私は考えていた。
 聞きたくない、とは思っていない。それはそのあとに、その人が喜ぶ姿を見たから、つまり好転に向かったからそう思えたのかもしれないが、その人が、対話を重ねることでもし、もっと笑えるなら関わりたいな、と思っていた。

 実際、私がその人を自宅に招くかは疑問だ。だが、そういう心境になったのは確かだ。演習前日までの他人を、そこまで身近に思える不思議な力がオープンダイアローグにあり、“実践してみなければその境地はわかるまい”と最初の段階で書いたのは、そういう理由だ。

 お互いを知り合い、痛みを分かち合っていく。
昨今の、コロナだから、他者とソーシャルディスタンス必要だから、同居する家族以外のつながり薄こそ善であり、安心・安全と錯覚させる日本社会。その中で、オープンダイアローグを体得する、ということは、他者とのつながりを濃くさせることで、日本社会に真っ向から勝負を挑むような感じがする。

 
 筑波大学医学医療系保健医療学域社会精神保健学の、斎藤環教授は、これを、「日本の精神医療のパラダイムシフトとなるケア手法」と評している。
 2021年5月、WHO(世界保健機関)の地域精神保健サービスに関するガイダンス『人間中心の、権利に基づくアプローチの促進』において、グッドプラクティスの1つとして、国際的に認められた。


 是非、これを読んだ人には関心を持ち、開かれた対話を、大事な人や、そうでない他者ともやってもらえたらいいな、と思う。

※次回「トラウマインフォームドケアとオープンダイアローグ」へ続く。