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diverse women stacking hands on wooden table

Trust

 「起きて、食べなさい。旅はまだ遠いのだから。」(旧約聖書第一列王記19:7)

 最近夜にすぐ寝れないことが増えていた。が、昨夜は炭水化物を食べたら一気に眠たくなり、いつもより早くベッドインした。すると珍しく玄関のドアがガチャリと開く音がして、夫も早く帰ってきた。「今日は疲れた、俺も早く寝る」と言い、昨夜のわが家は比較的、早く電気が消えたと思う。

 しかし明け方、私はまた早朝に目覚めた。すぐ頭に浮かんだのは上司たちと私の下期の業務で、頭の中で会議が始まってしまい、起床した。達成できない目標についてどうすればいいのか、と今朝も仕事が嫌である。しかし、朝イチに考えるのは戦略ではない。私のモーニングルーティーンは、なるべく真っ先に聖書を開くことだ。


 今日読んだ旧約聖書第一列王記後半部に、神を信じる預言者エリアの箇所などがあり、すこし慰められた。

 ・壊れた世界での生活は、さまざまな痛みをもたらす
 ・苦難の時は、しばしば私たちの限界を明らかにする
 ・あなたの苦しみは、主を信頼するための個人的な招待状

 中堅社員のくせに未だに職場に悩まされるってどういうこと?と考えて、自分を責めていたけども、

 ・神は、私たちがどれだけ神を必要としているかを認識させる機会を、定期的に私たちに与える
 ・真実を明らかにするために、私たちの人間性をさらけ出る。

 という学びで、新たに励まされた。

そういえば、最近、「信仰はどこへ行ったの?」と英語の先生からも日曜の礼拝でも問われていたけど、
心底信じきって、何にも心配しない状態を、自分の内側に作り出す、というのは実にコツがいる

でも今日は、もうこれ以上会社についての考えで暗くなるのはやめにしたい。
神を信用し、私の行く末をゆだね、本当に時間を割くべき大切なことに自分の時間を使ってみたい。

詩篇103:13-14
「父がその子をあわれむように、主はご自分を恐れる者をあわれまれる。主は私たち
の成り立ちを知り 私たちが土のちりにすぎないことを心に留めてくださる。」


 今日もすべての働く人に元気が宿りますように。

by桜子

証。する、しない?

先週、教会のママ友を経由して、私に、「証し」の打診がきた。
来月の火曜日に、教会で行われる「聖書学び会」の後に、私が証をしてはどうか、という。平日だから、会社を休まねばならぬ。一瞬、がっかりしたが、やらなきゃいけない気がした。

証とは何か?

改めて考えた。インターネットでググったら健康保険や医療証明のWEBページがでるばかりで、教会でやる証、の説明ページがなかなか出ない。しかたないので、言葉自体の定義をみたら、ー確かなよりどころを明らかにすること。証拠ーと、あった。

とどのつまり、神様の証明を私の口からするということになるのだが、
今まで私が聞いた数々の証は、誰かの経歴を延々と聞くことが多かった。どういう両親に育てられて、どのように感じて、神様を信じるようになったか、という話である。

15分間が持ち時間だから、私の履歴書(by日経新聞)を話すわけにはいかない。
ポイントを絞って話さねば、と思う。
しかし、これって、誰に対して、話すの???

改めて、考えさせられた。
そもそも、聖書の学び会で、証がセットになっているのはなぜだろうか?
たまたま隣にいた教会の人に聞いたら、「昔は初めて来る人のためにやっていたと思うんだけど・・・」と言った。
今は? 今は初めて来る人ってあまり、いないよね?

この場に集う人は、大半が信者だ。神様の存在を信じている群れである。だから、私などが話して役に立つわけもないのだが、なぜ、今、自分がやるんだろう?

 思えば、私は、現在集う教会には、小学4年生の頃から集っている、生粋の教会っ子だ。なのに、今まで一度も証をする任を受けていない。昔、バンコクで数名を前にいきなり指名されて、何か喋った記憶はかすかにあるが、公の場で正式に話すのは今度が初めてになる。
 何を話そうかなあと思いながら、日曜に会ったクリスチャンママ友らに、証のことを尋ねたら、彼女たちは口を揃えて、「今まで2-3回(証の当番が)廻ってきた」と言った。びっくりした・・・!何回も任命される人がいる一方で、私、ゼロって、どういうこと?

 やっぱり、自分は教会の人っぽくないんだよなあ、と思って、教会からお前はダメなやつ、と審判を下されたような気がした。今回証しをすることになったのは、やっと人前で証し(=話)する資格を取れた、ってことなんだろうか。

ちぇーっ。

 やさぐれそうになった瞬間、いや、待てよ、と思った。
証するという行為は人前に出る行為だから、逆に言うと、今日まで神様が人(大衆)から、守ってくれたのかもしれない。だって、私、神様に愛されているし、もしかしたら、神様の秘蔵っ子?と、勝手な妄想を膨らませた。

しかし、わからぬ。いったい何を話すと、証になるだろうか。
そもそも、神様を信じている私ではあるが、証をしていいのかどうかも、よくわからない。

主人には「変なこと言わないようにしろ」と釘をさされた。
なかなか的を得ている。さすが、私の伴侶。

私はこの人と会ったことで、人生が変わった。
彼との出会いで、自分の信仰生活がハッピーエンドになった。(注意:仮に今日が生涯最後の日だった場合)

(つづく)