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オリンピックで代々木公園の森林伐採問題

 昨日、「「自然破壊」と批判殺到。代々木公園で東京五輪関連会場建設へ、樹木の剪定作業が始まる。 | ハフポスト (huffingtonpost.jp)」に似た記事を読んで、目を疑った。
 国民の7-8割が反対しているともいわれる、東京オリンピックの視聴のために、東京では代々木公園と井之頭公園のパブリックビューイング(=屋外の集団視聴)が計画されていて、うち代々木公園に至っては、8m以下の木を一部切る予定、という。嘘でしょ?!

CHANGE.ORG


 今朝、もしそれが本当なら、なぜ朝のニュースで一番に報道しない?!と私はNHKをチラ見しつつ、リモートワークを後回しに、朝一番、ググって調べてみた。
 事の発端は、オンライン署名サイト「change.org」に掲載されている、キャンペーン · 代々木公園の自然を破壊する、東京五輪2020ライブサイト計画の中止を求めます #代々木公園の木々をオリンピックから守りましょう · Change.org という行動から来ていた。この著名運動の発起人は、なんと日本人でなく、Rochelle Koppさんという外国人と思しき方である。(※もし日本人でしたらすみません)

 どれどれ…と、リンク先の記事を一つ一つ読んでいくと、分かったことがある。オッと危ない、危うく恥をかくところだった。伐採とは書かれていない。「剪定(せんてい)する」とあった。念のため、意味は調べたら、ネットにはこう書いてあった。

目的

  • 作業管理が容易にでき、同時に果実の重量を支えることができる骨格枝を作る。
  • 栄養生長 と 生殖生長 を調整し、 隔年結果 の防止と樹勢の維持を行う。
  • 樹冠 全体に日光が当たるようにし、果実の高品質化と品質の均一化を行う。
  • 病害虫に侵されている枝を除去し、発生を抑制する。

なーんだ、どれも木の健康を保ってるのね、私は安堵した。それなら必ずしも自然破壊、とまでは言えないのでは。もっともその通りやるかどうかという疑念もあるが、少なくとも、根元から木が根絶されることはないと知った。そうだよな、たった数日間のために、木を伐採するなんて、良識的な日本人が、そんな愚かしいことをするわけもない、と思った。いやいや、ネットメディアの情報に早合点は危険である。良かった、調べてみて、と思った。

 だがしかし、その良識的な日本人が、コロナ感染で大騒ぎしている中、「パブリックビューイング」を去年の暮れに計画していた!こんなことがあってもいいのか?!いま、小池知事が口を酸っぱくして「不要不急の外出を禁止」と言っている一方で、パブリックビューイングを必要な外出として計画している、その論理が分からない。オリンピックが開催される7月は、緊急事態宣言解除後だから、不要不急以外の外出を許可、という算段なのだろうか。

 オリンピック間近になって、しれっと、パブリックビューイングをアナウンスするつもりだったのかもしれないが、バレてしまった、という感が否めない。
 こうしてみると、今までは私たちも声をあげる場所がなかったり、メディアといえばマス四媒体(テレビラジオ新聞など)しかなかったから、その情報に惚けていられた。
 それが今はオンライン署名サイト「change.org」でオリンピック反対署名数は35万人、と数字が露わになってしまい、海外にも報道される始末である。ああ、この先のオリンピックはどうなるのか。私たち、日本人は世界でどんな国になっていくだろうか。

いつも自分を吟味して

「自分は至らないものだと、だれでも一方では思っていながら、他人に対する時は、多くの場合自分一人がよいものであるかのような気になって、他人の不行き届きを不快に思い、心ひそかに咎めたてをしているものです」
 ※羽仁もと子(国内女性初ジャーナリスト、自由学園創設者)の“愛と寛容”より

私たちはみな、自分自身が主役、というドラマを生きている。
朝目覚めた瞬間から、私のストーリーは始まっている。できればハッピーな記録をつづりたい。
だから、そのための工夫もするし、困難は克服しようと努力する。

7年前、朝の通勤で券売機を前にカバンから財布を漁っていると、おじさんが体当たりしてきたことがある。一瞬、何が起こったか分からず、面食らった。育児休暇を明けて3年ぶりの出勤だったから、動作が緩慢だったのか、私が邪魔だったか、単なるストレス発散か?

こんな災難を思い起こしていたら、渋谷の道玄坂で、女子高生がリュックを投げつけられ、怖がっていた姿が記憶によみがえってきた(渋谷センター街のキレ男)。

どちらもこの場合、加害者に非がある。と、私は思う。だが、本当にそうか?

分かりやすい例より、分かりにくい例は、日々の暮らしにある。近しい親や、夫、子供の存在。友達や、日々やりとりする職場の人達。そして表に出れば、出くわす近所の人々。口開くとき、楽しいこともあるが、不快な思いをすることもたくさんある。そのとき、私たちはだいたい、自分を正しいと思いがちで、相手を一刀両断して、非難し、疎ましく思ってしまいがちだ。

羽仁もとこさんは、
「世の暗黒な方面について考えてみても、大小すべての罪悪はことごとく他人を憎むこと、少なくとも愛していない冷淡ということから来ています」と上記の書籍で、続けて記述しておられた。
そのあとの文章も、味わいある内容なので、紹介したいと思う。

「ひきかえてこの世の光明の側について考えると、すべての幸福が皆われわれの愛と同情から来ているのです。私どもがもしも(中略)、今でも少しでも(人を)余計に愛することが出来たなら、それだけ多くわれら自らが幸福になり、また他を幸福にすることが出来ます。

さらに進んでもう少し余計に愛することが出来たなら、自他の幸福がまたそれだけ余計になります。

そうしてこの愛するとは、あえて物を与えるのでもなく、また世話をやくというのでもないのですから、貧しい人にでも力のない人にでも心次第で必ずできることです。ただわれわれの心を愛深くすることが、賢い人にも賢くない人にも、一様に一番むつかしいことなのでございます。


私たちは毎日忙しい。
いちいち、自分が感じていることを、自分以外の目線や価値観でどうかと、世の中を見直す暇もない。
だからこそ、いつも自分を吟味して、と思う。
他人をいつも愛せたら素晴らしいと思う。
なかなかできないのだけど。

羽生もと子選集「最も自然な生活」

いま、けっこうおススメです。

オンライン授業を加速せよ

昨日の雨雲が一転、今朝は鳥のさえずりが聞こえる渋谷である。
「気持ちいい」と好天に喜び、娘はいつもより早く家を飛び出し、二日ぶりに学校へいった。

過日、区内に児童感染者が出た報を受けて、しのびよるコロナの影に、わが子は素直に怯えた。
「学校……行きたくない!」

 一年余前の一斉休校時、最も気になったのは子どものストレスだ。大人と違い、小学生は基本的にSNSがない(許可している家もある)。家族以外の交流がない新たな日常で、メンタル面を心配した。
 幸い、わが子の場合、その心配は稀有だった。外に出ると、同じく休校中の子どもたちが出てきて、友達化し、仲間のような連帯感がうまれていた。そして家ではむしろ、マイペースで過ごせることに嬉々として過ごしていた。
そのため、休ませても引きこもりになることはないだろう、と、まずは子どもの心を尊重し、学校へ欠席連絡を入れた。

担任は、「コロナ感染予防で、欠席扱いにはなりませんからね」と優しく応えてくださった。
が、私が気がかりなことは、出欠席の日数ではない。予防終了日が予測不能なことと、教育機会の喪失だった。
「コロナ感染は、命に関わりますから」
と、先生はなお、休むことを気にするな、と私を気遣ってくださったが、私はワクチン接種までの数か月間、予防で休めるのは良いとしても教育はどうしよう、と考えていた。渋谷区はICT導入が盛ん、という印象があるが、今年になって新タブレット端末が導入されたように、実際は道半ばであって、オンライン授業の本格導入には至っていない。

 予防で休むことについて考えていると、「うちの子はマスクがダメで」と言っていた、武蔵野市のママのことを、私はふと、思い出した。すでに一年以上、家で子供の勉強を見ている。最初は父親が教えたそうだが、子どもと喧嘩になってしまうため、母親の出番となった。想像すると、その苦労は他人事ではない。
 幸い、わが子は、いくつかの証言により(友人の学校教員曰く、学校での濃厚接触の可能性は少ないという)学校に行く勇気が出てきたため、今日から登校してくれた。正直、ホッとしている。

 日本の公立小学校は、様々な教育の問題があって、オンライン授業の取り組みは、決して簡単ではないと重々承知している。だが、学校インフラ、教員のITスキル、家庭のITスキルの3軸で支援していかないと、オンライン授業は実現できない。なんとか、政府や市区町村に引っ張ってもらい、教育機会の創出をさらに進めてほしい。

NY雑貨オーサムストアトーキョー渋谷にAwesome!

散歩して見つけた、AWESOME STORE TOKYO。

メインの入口

 若い人には既に馴染みかもしれないが、90年代に一世を風靡した雑誌「東京ウォーカー」無き今、流行をインスタで追う若さはなく、大型商業施設にも足を運ばない私は、全く知らなかった。

お洒落なアメリカンテイスト(ランチボックス)


 フライングタイガー、ダイソー、セリア、スタンダードプロダクツバイダイソー(ダイソー高級路線店)に類する、アメリカンでリーズナブルな可愛い生活用品が揃う二階建の充実雑貨店を、宇田川町(3月12日オープン)で見つけた。これが、日本発(原宿本社)というから、ビックリ!

 近ごろは地元周りを、リモートのストレスと運動不足の解消のため、よく散策するようになり、中目黒、代官山、渋谷、時々、表参道、三軒茶屋、へ行く。慣れた道は大して面白くもないが、こうして新しいお店に自然な形で遭遇すると、渋谷に住んでて良かった、と土地の恩恵を覚える。

庭仕事の道具も一式・栽培キット4種は398円(税抜)
(パセリ、バジル、パクチー、ペパーミント)

夏に活躍しそう!保冷剤は98円〜子供に買おうかな?

ワンコのグッズが超充実!
コレ絶対買っちゃう!と、カップルの女子が男子の腕を掴んで叫んでいた(が、買う様子はなかった)
エサ入れまでお洒落。390円
犬プレート950円(猫もあったよ!)
犬用ネクタイや靴下も
#036PETS

 最後は、犬好き、猫好きの友だちに教えなきゃ~と若干、犬猫グッズを多めに撮りました。
このほか、お菓子やコスメも完備されており、来たら何か買いたくなる仕掛けは、百均のダイソーや、セリアに似ている。

追伸:7月に「犬部」という、犬好きにはたまらなそうな映画が上映予定。
犬好きのわが子が、映画スタッフにペットショップで遭遇したそうで、チラシをもって私に宣伝してきたので、ここにも宣伝を。7月22日上映!映画『犬部!』公式サイト (inubu-movie.jp)

その頃には、東京の映画館でも、映画を見れたらいいですね。映画館求めて「越境移動」 コロナ休業要請、効果に疑問: 日本経済新聞 (nikkei.com)などせずに…。オリンピック是が非でもやりそうですから、きっと映画館ぐらいOKもらえそうですね。

雲の上のドラえもん

左奥にひっそり土管

「カリフラワー、久しぶりに買っちゃった!」

とスーパーの袋から取り出すと、娘から、待ったー!の声。調理をとめられ、何をされるか見ていると…

雲の上のドラえもん、、、なるほどね!

孤独力のすゝめ

GWも終盤に迫ってきた。
わが家は緊急事態宣言の発令を受け、空白の連休が広がっていたが、しっかりと神様に「楽しく充実した日々になりますように」とだけは祈った。おかげで今朝は「なかなか良いGW」と、娘からお言葉を頂戴した。

 日曜、友達が車でうちに来てくれ、思いがけないハレの日になった。
「私一人でごめんね、家族のだんらんに申し訳ない」
と言われたが、なんのなんの、海外に行ったか、と思うくらい楽しかった。大げさでなく、それぐらい他との会話に飢えていたし、年齢も7つ下の独身とくれば、住んでる世界も違って刺激を受けた。「会話はごちそうだね!」と、私は大喜びした。考えてみればコロナ禍で子どもの友だちは沢山くるが、私の友だちを呼べることはめったにない。

友と知己とは、幸運に到達するための確かな旅行免状である。
 byショウペンハウエル(ドイツ人哲学者)


 さて、そんな風にして交流を喜ぶ一方で、孤独に強くなりたい、と私は思うようになった。
 
 自分がパーティーピープル(=大勢の人とお喋りを楽しむ性格)だと気づいたのは、友だちに言われたからだが、その原因を探ると、幼少期にたどりついた。祖父母に来客が多く、夜はいつも鰻かお寿司を注文して大勢で過ごす週末に慣れていた。
 
 が、この一年余コロナにより、人と人はそんなに接近しなくても生きていける、ということを知った。そして、来客がないと楽だ、ということも知った。
 同時に、自分の家族以外はどうでもいい、という無関心な社会になりはしないか、と恐れた。単身者や身寄りのない家庭に交流がなければ、精神的に死んでいく。私はこの一年、大きな声では言えないが、自分が独身暮らしでないことに感謝し、ただひたすら孤独を恐れる生活を送っていた。
 ところがこの数日で、孤独は、必ずしもデメリットではない、と思うようになり、孤独への概念が変わってきた。

 
 今年初め、夫を亡くされた夫人がいる。私は、彼女を心配した。昨日ちょうど連絡してみると、久しぶりに聞く彼女の声は昔のままで、ありがたいことに芯があった。

なぜか?

それは、1つに彼女もまた信仰者であり、天で夫との再会を期待してること。そして、もう1つが、(ここが大切なのだが)彼女が孤独に馴れていた、という主の備えがあったからである。

 彼女の夫は海外赴任者だった。それで中国やブラジルなど未開の地で、友達はもちろん、日本人に会うことすら難しい環境下にいた。だから、妻はいつも、一日の大半を家で過ごし、夫の帰りを待っていた。振り返ると、その長い期間が彼女の生活の基盤となって息づいている。
 私はそれに気づくと、思わず主を賛美してしまった。主は素晴らしい、主の御名はほむべきかな。

 私は、このような状況を知った時、自分が目を背けている孤独について、私自身もまた、強くならなくてはならない、ということを考えるようになった。やがて一人になることは、想像したくもない未来だが、その未来が明日かもしれない。あるいは、幸運にも私に孤独は無縁で、ずっと人に囲まれて一生を終えられるかもわからない。

 だがいずれにせよ、死ぬときだけは、人間ひとりである。その日慌てずにしっかりと過ごせるよう、私には、孤独への訓練が必要だ…。老人になっても、生活を愛でることが出来る人になりたい。ちゃんとしていたい。孤独は、両手を広げて迎え入れられるものではないが、並走していくことができたらありがたい。

「あなたがたのあった試練はみな人の知らないようなものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを耐えることのできないような試練に会わせるようなことはなさいません。むしろ、耐えることのできるように、試練とともに、脱出の道も備えてくださいます」
(第一コリント10:13)


患難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと知っているからです。(ローマ5:3-4)


このコロナ自粛生活は、来るべき自分の老後の備えかもしれない。
精神力を鍛錬するために、神様が与えた期間かもしれない。

友達と頻繁に会えなくても、静かに一人で過ごせる。
誰からも気にかけてもらえなくても、生活を愛でることができる。

孤独は内面を鍛える。私は大金持ちにも、著名人にも、活躍する人にもならなくていいから、ただ神を愛し、神を信じ、独りぼっちでいられる強さを持つ人になりたい。

あんまりひとりぼっちの人間は、しまいには病気になるもんだ。
(byスタインベック)


孤独はいいものだということをわれわれは認めざるをえない。
けれどもまた、孤独ははいいものだと話し合うことのできるだれか相手をもつことはひとつの喜びである。

(byバルザック)

いと悲し、3度目の緊急事態宣言発令

草は枯れ、花はしぼむ。だが、私たちの神のことばは永遠に立つ。(聖書・イザヤ書40章8節)

太陽がまぶしく、木々や花々が美しい新緑の季節になった。私たちの混乱など、どこ吹く風のように、自然は素晴らしく地球は廻り続けている。

緊急事態宣言の発令が、3度目になった。2回目はいつだったか忘れてしまったが(※)、初回の緊急事態宣言の衝撃には及ばない、と思っていた。あれこそ、今でしょ!と思うほど、今回の目玉は「飲食店での酒類一斉禁止」がめぼしいだけ、と思っていた。が、さにあらず。ジワリジワリと、発表外の施設も封鎖が続き、東京都の要請力の強さを見せつけている。
※202118日~321日が2回目

スーパー「ライフ」のチラシだけ自粛に便乗して①国民への通知②印刷代削減にみえる。私だけ?

「ダイソー(渋谷の新名所が上陸⁈ダイソー旗艦店スタンダードプロダクトがキタ)も休みなのね。。。」

と、昨日うちに来たピアノの先生が、レッスン中にもかかわらず、2回も娘に繰り返して呟いた。ダイソーは先生にとって大事な場所だったらしい。
 

 一方、私がショックを受けたのは、何の連絡もなかったGWの子ども旅行が中止、と昨夜遅くに連絡を受けたことだった。なぜ、もっと早くそれを教えてくれぬー?!荷造りしていた私はひどく落胆し、動物好きな娘もまた、同じようだった。

だがその夜、一日の感謝の祈りをするとき、娘自身が、

「神さまの、他の計画が待っていると思うのでよろしくお願いします」

と祈ったので、ドキンとした…!

口では「神さまのお導きだねー」と娘を慰めていたが、私にそういう発想はなかった。聞きながら、(そっかあ…)と娘の、若くして、すでに生活の中心に神様を置く態度に、私は目を留めた。私の方が信仰歴もはるかに長く、大人であるのに、まったく手本にならぬ。

いっそ、犬でも飼っちゃう??

と、寝床につく寸前まで、娘のGWをどう充実させるか躍起になっていた。友達に連絡し、グランピングも3か所調べた。が、どれも満席、受付停止、であった。ああ、私のとる行動は、どうしていつもこの世的だろう!


新型コロナウィルスが発生して1年余、私たちが学んだことは何だろう?

 私にとっては、神の存在が大きくなった一年だった。信頼していた各国のリーダーも、しょせんはただの人であることを、まざまざと知った。政治家も国も頼れない、という状況になって、自分の身は自分で守るしかない、と感じた。私の場合、これに、神様への祈りが大いに加わる。前述の通り、身の程は分かっているからだ。

 この世に神などいない、と言う人に、これまでたくさん出会ってきた。が、私はこんな言葉が聖書にあることを、知ってもらいたい。

「神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます」
マタイ6:33

 「これらのもの」とは、聖書の前文を読むと、「何を食べるか、何を飲むか、何を着るか」という、生活上の種々の心配事(経済的必要、対人関係の悩み、健康上の不安、仕事の問題等)を指していることが分かる。つまり、神様を一番にもってくれば、これらのものは満たされる、と言っている。

 神を信じる、というと、清貧にならなくちゃ、とか、キリスト教に入信とか、生き方を改めなくてはならない負担が重くのしかかってくるイメージがあるが、聖書で言っていることは、実にシンプルだ。
 
 「俺は神」でなく、神こそ神、と「神がいて、生かされている私」に感謝して生きよ、と言っているだけなのだ。つまり、心の問題だけなのだ。

 不確かな時代の確かな歩みに、神なくしてわが人生なし、というのが、コロナで私が学んだことだ。伝わりにくいかもしれないが、「もし神様がいるとしたら、私が信じられるようにして」というところから、心を開いてみてほしい。
何を隠そう、私自身も、そのようなところから、神を信じる道への第一歩を始めた1人なのだから。

イケっちゃう?IKEA渋谷レストランが遂にオープン

渋谷限定サーモン春巻き

IKEA渋谷の最上階が遂にオープン!

朝から「IKEAでランチしたい!」と言う夫に、内心珍しいな、と思いつつ、「それなら車出して」と返していた私。

夫が行きたいレストランは、なんと歩いて15分のIKEA渋谷であった。

「変異コロナにかかりそう〜!!」

イヤだ、イヤだ、と言う娘に、一人の留守番も怖い、ということで、二重マスクをさせ、混雑を避けた2時過ぎに訪問した。

渋谷店限定サーモン春巻きに、渋谷限定プラントベースカレー、渋谷限定プラントボールと、渋谷づくしで、オーダー。

お会計だけが行列になった。こなれてない?

店舗はフォーエバー21の跡地で、6階建ての縦長ビル。駅から徒歩圏内で、これまで1階から5階にIKEA商品が陳列されていたが、4月21日にやっと、屋上のレストランがオープンしたというわけである。

「ちょっと、他のフロアもみてくる。収録で、この話しよう〜」

と夫は嬉しそう。なるほど、渋谷のラジオ収録ネタだったのか、と来たがった理由に納得。

コロナ前は、毎週火曜日の正午から1時まで、笑っていいとも!よろしく、生放送でラジオ出演していた夫。コロナ禍にあって、事前収録に切り替わったが、ラジオ番組も3年目を迎えるのではなかろうか。地味に継続中の渋谷ラジオ、田中宏和。お暇な方はぜひ、アプリの渋谷ラジオをダウンロードして、スマホから視聴してみてください。

さて、話を戻し、デザートも紹介。

渋谷らしく、おかわりNGのドリンク
これも渋谷限定!

紫の色がケバケバしいドーナツフルーツサンド。

絶対食べたい、と娘がいうので、あとでランチ後に注文しよう、としたら、まさかの売り切れ。インスタ映え商品だもんね。

 

キャラメルナッツ ツンブロード 150円!

私は、この太りそうなクレープに挑戦。

ギャル曽根になった気分で、太らない、太らないと、唱えながら、綺麗に食べた。

夫はビールを注文。

メニューをみていると、菓子パンやデザートが充実して、若い子に人気が出そう!今なら、空いてて、知られてない様子で、穴場的存在である。

「(渋谷で)イケっちゃう?、って言う人が出てくるかもね」と、娘が笑った。なかなか、いいセンス!

緊急事態宣言後に、ぜひ、あなたもイケっちゃってください!!

ラララ出勤

会社へ向かった。

音楽を聴きながら道を歩く。「ああ、幸せ…!」と、思ってしまった。
通勤嫌いだった20代の私が、今、嬉々として職場に足を運ぶ。時代変われば、思いも変わるものである。恐るべし、年の功。

「うちの会社は、いま在宅推奨だから出勤しなくていいのにさ、なんか、毎日、出勤してる人もいるらしいんだよね」

今朝、私は夫に言った。

「いるいる。会社に行くと、ホッとするなぁ、って人がやっぱり居るんだよな」

と、彼も相槌を打った。


通勤時間は、明らかに個人の損出である。なのに、なぜ出社するのだろう。居場所がないとか、家が狭いとか、いろんな理由があるのだろうが、この日の私は、出社自体がもはやハレ、であったからだ。

定期券が撤廃されて、一年以上が経過した。
電車に乗ると、「乗った~!」と思わず、何日ぶりの乗車なのか数えてしまう。
そして、出勤ごとに、街は刻々と変化している。シャッターの閉まった店の前を通り過ぎ、社会について考える。上島珈琲店は、こんな時代に新店舗を始めてるよ、すごいな、とか、歩く人が増えてる、やっぱり景気は回復傾向かな、と、通いなれた道を定点観測して自問自答する。その営みが、自分には楽しいと気づく。
 家に居ると、仕事はできるが、街は見えない。一歩外に出ると、身をもって社会の変化を体感し、今の時代を生きていることに、少なからず感動する。

で、この日、久しぶりの職場に興奮した私は、社外企業を訪問した。(会社以外の人と会うのは約2年ぶり?!)
レーシングドライバーの佐藤琢磨さんに会ってきた。

右下、佐藤琢磨さん
カーリング日本女子のロコ・ソラーレにも!

スポーツ選手を束ねる事務所のスポーツビズ社は銀座にある。同社役員に当日アポをとって伺ったのだが、以前取材した、山本雅一社長(【インタビュー】スポーツビズ山本雅一社長の起業話ほか)も相手になってくれた。

話は脱線するが、日経新聞の夕刊に「私のリーダー論」が連載されているが、このところ、知人の登場が何度か続いている。(※チームラボ猪子さん、サイボウズ青野さん)

取材した人が出る記事を読むのは面白い

そういうわけで、私は近いうち、この山本社長も、日経に取り上げられないかな、と密かに期待している。

社長の人柄が滲み出てる良い写真が撮れたw。


私は同社を即退散、と計画していたが、結局、話が弾み、長い時間、滞在してしまった。


「コロナ(禍)になってから社外に全然出てない!初訪問が、ココなんだぞ~!」と豪語したら、

役員が、着座している社員らに向かって
「おーい、コロナになってから、初めてウチに来たんだって~!」
と大声で言うので、顔から火が出た。

「やめてよ!そんなわけないじゃん!コロナになんか、なってないよ!!!(怒)」
と、敬語をすっ飛ばして、発言を訂正させた。


でも、こんな会話が後になって考えてみると、可笑しかった・・・。
いやはや、やっぱり出勤はいい。

在宅勤務で仕事はできるが、出勤は計画にない人との出会いが待っている。
予期せぬ人とすれ違ったり、何気なくする会話が、今日の元気を生み出し、明日の飯のタネになるかもしれない。

偶発する出来事ばかりは、オンライン会議で得られない。


こども庁の創設「国の宝に光を」

4月5日の日経新聞朝刊で、菅首相の発言が小さく報道されていた。

引用すると、

「子どもは国の宝でここにもっと力を入れるべきだ。光をあてる政策をきちんとやっていきたい」「いままで高齢者中心だった。思い切って変えなければ、ダメだと思っていた」と発言されている。


国のトップが、このような気づきをもってくれたのは(実際できるかさておき)素直に喜ばしい。

 日本は今、子育てがしづらい国である。何度も書いたが、渋谷の公園は大人の休憩所と化しているし、禁煙の貼り紙があっても、スパスパ平気な顔で吸っている男女が多くいる。「禁止」の効力がまるでない。
 そんな環境もさりながら、私は社会全体がやはり、自分以外、すべて関係なし!、という道徳観になっていることが日本の大きな問題であるように思う。それを象徴する体験に、井の頭線の〝優先席〟事件がある。

 当時、私はベビーカーを押していて、そこが空いていたので座ろうとしたら、先に座っていた老夫婦から、

「シッシ!」

と、あっちいけ、の身振りを力いっぱい、された。


 その時のショックはどう例えたらいいだろう?
「シッシ」という言葉はもちろん、粗野な態度も、成熟した大人がする行いから、大きくかけ離れており、拒絶された時、わが目を疑った。何をされたか、瞬時に分からなかったのだ。

しかし、そう書いている一方で、親切な老女がいたこともしっかり覚えておかなくてはならない。

 横浜市営地下鉄ブルーラインに乗車中、隣に座っていたおばあさんが、娘に何か話しかけて、「これどうぞ」と、やおら、カステラを渡してこられた。見たら、福砂屋のキューブカステラだった。

福砂屋は、中目黒にあるカステラで、上等菓子だ。これなら、うちの子も食べてよし、とすぐ思った。

原材料鶏卵(国産)、砂糖、小麦粉、水あめ

 私は電車の中でカステラ、というアンマッチに、内心、これは食べかけじゃないだろうか、とおばあさんに対して疑いの目を向けたが、こっそり確認した結果、未開封であった。

「それじゃあ、いただきましょうかね」と、車内でボソボソ食べることに抵抗はありつつも、おばあさんの温かいまなざしに応えるには、いま食べるしかない、と思った。

はむはむはむ、と娘は静かに食べていた。


カステラの味はすっかり忘れたが、あのおばあさんのことは7年経った今も忘れない。