カテゴリー別アーカイブ: 渋谷子育て

boy wearing green crew neck shirt jumping from black stone on seashore

24の瞳

 「こんにちはー!遊びに来ましたー!!」

午後に、私が在宅勤務をしていると、子供の声がした。

玄関先へ向かいながら
「まだ、べべ(私の娘、仮称)は下校してきてないのよ」と言った。この日はその15分前にも、「べべちゃん遊べますか?」とわが家へ来た子がいた。今日はよく子どもが来る日だな、と思いながら、玄関につくと、だだだと子供たちが流れ込んできて、一番後ろにランドセルを背負った娘がひょっこり立っていた。

私は目を白黒させ、予期せぬ来訪に、「今日、ママは会議がたくさん、あるんだけど?」と、すごんでみたが、子供たちが顔色を変えたのが不憫で、会議開始前までは居てもいいよ、と言った。


しばらくして、女の子が、私に話しかけてきた。

「ねえ、べべママ。無くすとしたらどれがいい?1,戦争 2,コロナ 3,仕事」

私は頭の中で、「仕事」と瞬時に思ったが、「戦争」と答えた。
幼い顔に見合わない、世情を突いた質問の厳しさにドキリとした。この子はいったい、どこでこんな問いを覚えたのか。YouTubeで聴いたか、家庭の会話か、あるいは自分で考えついたのか。


しばらくして、今度は別の子が、私に話しかけてきた。

「べべママ、先週はお世話になりました。ありがとうございました!!」と、にっこり笑っている。「あの、また来てもいいですか?」と言うので、もちろん、と返事をした。

この子は仮称ドラえもんで、わが家へよく来る女の子(ドラえもんがやってきた)だ。
先週土曜に、初めてわが家で夕食を一緒に食べた。遅い時間までうちで過ごしたのは初めてだった。たまたま、主人が、「うちで食べてくか?」と誘ったら、子どもの目が飛び出た。「いつ来たっていいんだぞ、毎週おいで」と、彼は声をかけていた。

主人が餃子のたねを作り、餃子を成形する傍ら、子供たちが色んな形を作って、夫が焼いた。
みんなで食べて、美味しいと言いながら、楽しく過ごした。
そのことを小学生の子供が、わざわざ大人のように、お礼を言ってくる。うちに泊まった子も、食事をした子もいるが、子どもがお礼を言ってくることは今まで一度もない。子どもだから当たり前だが、その子の振る舞いに、(おやまあ)とサザエさんのフネさんみたいに、割烹着で私は目頭をふきたい気分になった。



「あの八の瞳、あんなにかわいい瞳を私、どうしても濁してはいけないと思ったわ。」


子どもとの関わりには、いろいろなことを思わされる。
子どもと関わるって、面白い。
子どもに接すると、どの子もどうか健やかに成長しますように、といつも思う。

by桜子

selective focus photography of pink cherry blossom flowers

2022年新学期

 コロナ禍になって3年目の春。わが家のベランダには冬に植えた球根から、紫色のチューリップが3本綺麗に花を咲かせている。
 今日から、学校が始まる。新学年だ。寝る前、子どもと新学期の生活を祈った。クラス替えもある。どのメンバーになるだろう?“明日は早起きせねば…”と遅く寝たが、今朝は5:45に目が覚めた。これは、子どものせいか。それとも、新しいチームに異動して緊張しているせいなのか。

 先月の終わり、突如「異動です」と告げられた。コロナ禍で3人の上司に仕えたが、また異動するとは思わなかった。これは軽い肩叩き???という心の葛藤さておき、異動して私は発見した。青く見える隣の芝でも、業務の課題はあり、メンバーが違えば雰囲気はまるで別会社のように違うこともあるから、会社がイヤになったら異動願いを出してみたらいい、ということだ。
 そして、そんな私は、異動するたび、そこで生きていくために、チームの空気を読み取り、どう行動することがそこでの正解かを考え、必要スキルを具備する必要がある…。そういうわけで、新しいチームへ適合すべく、色々勉強せねば、と思ったら目が覚めてしまった。

子どもは目覚まし時計のアラームで起き出して、「おはよう」と軽やかに言ってリビングに来たが、「私、学校に行きたくないんだよね」と言いながら、ソファにドカッと座って膝を抱えた。

今日はクラス発表のみで、下校は9時だ。

「いいんじゃない?休んでも」
と私は言ったが、娘が行くことはわかっていた。

そして、彼女は苺スムージーを飲むと、私が前の晩に仕込んだフレンチトーストは、帰ってから食べると言って、玄関へ行った。

リビングには、制服の上着がハンガーにかかっている。
「忘れてるよー!」と私は叫んだが、娘はコートを着て、まるで気づいていなかった。

「行ってきまーす」
と声がしたので、安堵した途端、今度は

「おい、上履き!!」
と玄関で主人が叫ぶ声がして、私は吹き出し、朝から声を出して笑った。


「アイツ、もうちょっと苦労しなきゃダメだな…」
と夫は頭を書きながら、つぶやいた。


何はともあれ、子どもが健康であることにまず感謝。
きっと、どの家庭も今日はバタバタの朝に違いない。

神さま、それぞれの子供の、新しい年度を、どうかまた一年、守ってください。


by桜子

米アカデミー賞ウィル・スミスの涙とデンゼルワシントン会話の意味はこれだ!

3月27日の米アカデミー賞で日本の「ドライブ・マイ・カー」が受賞!おめでとうございます!!
新聞の一面に堂々と載っていたけど、私はネットの「ウィル・スミスが司会者のコメディアンを派手に平手打ちした写真」に釘付け。報道を調べると、司会者が、脱毛症を気にするウィルの妻の坊主頭を揶揄したので、怒った夫が、壇上にあがり一撃を食らわせた事件であった。

 ひょんなことから注目した記事だったが、その後で、彼が主演男優賞を受賞し、壇上で行ったスピーチが感動である。彼は聖書を知っている、神様を信じているに違いない、と私は思った。
 殴ったシーンが山ほどYouTubeに載っている反面、みんなに見てもらいたい、彼の主演男優賞のスピーチは残念ながら量産されていない。唯一見つけた、海外のTwitterの動画を紹介したい。24秒後からのコメントにぜひ注目!

 In this time in my life, in this moment, I am overwhelmed by what God is calling on me to do and be in this world.私の人生の、今この瞬間、私は圧倒されています。神さまが私に、すべきことをお示しになっていることに。そして、この世でどうあるべきかお示しになっていることに。

ウィル、このセリフに私は心が震えました・・・!

報道関係はこちら↓

ウィル・スミスは、この涙は受賞の涙ではない、と言って、聖書を知る私としても、だよね、と同感。おそらく、あの涙は、彼が、神様の圧倒的な愛と呼び掛けに感動して流した喜びの涙であっただろう、と分析。

ちょっと聖書を知らない人からすると、「はあ?」ということなのだけど、神様の存在を信じるようになると、それまで自分中心の考え方が、神様は何と言っているだろう、と考えながら生きる人生に変わるようになる。
そうすると、それまでの生き方が大いに変わる。
自分で変わろうとしなくても、変わるようにされる、というべきか。

つまり、自分中心の時には気にしないで済んだ、自分の気持ち以外の考え方について、聖書通読や祈りを繰り返していくうちに、あれちょっと待てよ、神様は「ノー」と言っているのではないか、どうしよう、と困る時が来るのである。なぜかというと、自分の心と、神様が示すものが違う時、自分の心を曲げられるか、と神に聞かれるのである。

もっと簡単に書くと、今の場合、例えば、ウィルは、司会者に対して謝りたくなかった。
神さまを知らなかった頃の彼なら、謝らない。
だけど今は知っていて、神は謝れと言っている。じゃあどうするか、というような葛藤が、最初の24秒後のセリフになっているのではないか。もう一度、読もう。

In this time in my life, in this moment, I am overwhelmed by what God is calling on me to do and be in this world.私の人生の、今この瞬間、私は圧倒されています。神さまが私に、すべきことをお示しになっていることに。そして、この世でどうあるべきかお示しになっていることに。

ウィル・スミスは大スターだ。笑いの種や、パパラッチは日常茶飯事で、嫌なことはたくさんあって、怒っていたらキリがないだろう。今日は咄嗟に(祈る余裕もなく、神の存在を忘れて)殴ったに違いない。

だけど、受賞して、殴った時と同じ壇上に再び上がったとき、(ああ、神様…!!!!)と、神の存在を想わずにはきっといられなかったに違いない。神様、よりによってこんな時に私を受賞させるのですか?!と、ウィル・スミスは、思ったかもしれない。

デンゼル・ワシントンが、平手打ち事件の後に「最高の瞬間に悪魔は囁く。その誘いに負けてはならない」と言ったそうだが、これは、次の聖書の言葉を想起させる。


悪をもって悪に報いず、侮辱をもって侮辱に報いず、かえって祝福を与えなさい。あなたがたは祝福を受け継ぐために召されたのだからです。(ペテロの手紙 第一 3章7節)


この言葉も聖書を知らない人からすると、「はあ?」と思うだろう。かえって祝福を与えなさい、って、凡人が出来ることじゃない。だけど、人には出来ないことが神には出来る。
イエス・キリストがあなた方を愛したように、あなた方も互いに愛し合いなさい(たとえどんなに悪い者であったとしても)、と聖書は述べている。

そのような聖書のことが理解できると、最後にウィルが、「私は愛を受け止める器でありたい。愛と配慮を伝える立場でありたい」と言った意味が、なぜなのか、わかるでしょう?

ウィル、神様の話をしてくれてありがとう!
悪魔の誘惑に打ち勝ってくれて、ありがとう!
辛かった奥さんの上にも、ご家族の上にも、祝福がありますようにお祈りします!!

by桜子


PS:そう言い切って、違ったらマズいなとググった所、どうやらウィル・スミスはクリスチャンのようです。よし、フォローするぞ!祈っていたら、いつかウィルにも、インタビューできる日が来るかもね!

神さま、今日のニュースを、そしてウィル・スミスの受賞をありがとう!

ウクライナ原発が砲撃されても北京パラリンピック♪の違和感

 日中、とんでもない速報が携帯画面に流れてきた。

ロシア軍が欧州最大規模のウクライナ原子力発電所を攻撃したと書かれていた。もう仕事している場合じゃないでしょ…と今日ちょっと思った。(いや、しましたけどね、仕事…。)

 カーリング女子銀メダルでスポーツビズおめでとうと喜んだ直後、戦争が始まった。

昨日でウクライナ軍事侵攻から1週間が経過した。

今朝は、今夜開幕する北京パラリンピックを前に、本当に“平和の祭典”を開催するのか?!と違和感を覚えていた。
けれど、パラリンピック委員会が参加可とした、ロシア等の団体を排除へ変更と聞いて、世の中捨てたもんじゃない、と少なからず心が動かされた。民意が世界を動かすこともあるのだ、と知った。

 昨年の東京オリンピックでは、私たち日本人はあれこれ反対したが、大規模な抗議運動はなく、世界的な判断が覆ることは何もなかった。コロナ禍で強行開催された。それが今度は、北京でコロナに加え、戦争があっても、お祭りをする私たち。いまこれを熱中して視聴している場合とは思えず、こんな矛盾をはらんだ歴史的なオリンピックがいま私たちの前に提示されようとしている。
 
 こんな夜は、旧約聖書の、伝道者の書がしっくりくる。


 エルサレムでの王、ダビデの子、伝道者のことば。
 空の空。
 伝道者は言う。空の空。すべては空。
 日の下で、どんなに労苦しても、それが人に何の益になろう。


 


 また明日。


by桜子

アンジャッシュ渡部の復帰賛否両論とイエスキリスト

 「ねえねえ、渡部建の復帰、あなたは応援派それとも、否定派?!」

 私は、お笑いに疎く、アンジャッシュのコンビ名も、児島と言う相方も、知らなかった。が、一連の不倫騒動で、「渡部建」をよく学習し、すっかり関心を持つようになった。そして2月15日に、彼が千葉テレビで芸能界復帰を果たす報道を聞き、私は先週、夫に聞いた。が、どうでもいい、の一言で終わった。ごもっとも…。

 スナック菓子は身体に悪いと分かっていても、つい食べてしまうように、私はこのニュースが流れるたびハマって読み、日本中が彼を嫌っているように感じさせるネットの破壊力に恐怖を覚えた。私は彼の友達でもないが、同情した。この手の、誰かを批判するネットニュースを読むたびに、思い出す新約聖書の言葉がある。

 「あなた方の中で罪を犯したことのない者が最初の石を投げなさい。」

 これは姦淫の罪を犯した女性を「石打ちにすべきか?」とイエスに周囲が尋ねた時、イエスが返したセリフだ。「あなた方のうちで罪のない者が、最初に彼女に石を投げなさい。」

 結局、年長者から始まって一人また一人とその場を立ち去っていき、誰も女に石を投げなかった。ひとり残された女はイエスにこう聞かれる。「婦人よ。あの人たちは今どこにいますか。あなたを罪に定める者はなかったのですか。」

 「だれもいません。」

 イエスは言った。「わたしもあなたを罪に定めない。行きなさい。今からは決して罪を犯してはなりません。」


 今から決して罪を犯すな、という神の言葉は厳しい。
が、神の子のイエスは当然、人がその後に罪を犯すことは熟知していた。

 聖書では「罪」というのは心の中で感じた悪いこと、たとえば妬み、嫉み、憎しみも、罪であり、姦淫の罪と、心で感じた悪い思いを比べると、神の目から見たら同じ、ということだ。
 だから、聖書では、罪の贖い主である神の子イエスキリストを心に受け入れて人よ生きよ、と言っている。

 そんなことはおそらく知らないであろうお笑いの松本人志が、フジテレビの番組ワイドナショーで渡部建の復帰について語った記事が面白かった。

「もう二度とやりませんなんて、ここでうそついたら駄目やで」by松本

中スポ2月13日記事を抜粋する。

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復帰作となる千葉テレビのバラエティー番組「白黒アンジャッシュ」の収録に、相方の児嶋一哉(49)とともにスーツ姿で臨んだことなどが紹介されると、松本は
「ちょっとなんかもう堅すぎるから、もう少し柔らかく。絶対またやるし。絶対やるんですよ。絶対やる。本人が反省とか、二度とこんなこととか、言えへん方がええねん。またやってしまうと思うんですが、こんな僕を見続けてくださいってね。
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私は人間の本質を良く表したコメントだな、と目を留めた。


 私を含め、あの人はひどい、この人はおかしい、とつい言ってしまう、人の性(サガ)。
人を裁く権利や資格をもつ者は、誰も本当はいないことは明らかだが、どうして私たちは批判したり、裁いたり、叱ったりして、誰かを攻撃してしまうのだろう?

 一人の人が罪を犯すことになった背景にある社会的責任は、社会のすべての人にあることをも意味しています。
と何処かの記事に書いてあった。

 そういうわけで、私はどちらかといえば応援派。辛いことを経験したからこそ学んだ糧をバネに、渡部建には何か良いことを発信する、苦難を知り、神様を賛美する人になってもらいたいと思っている。


by桜子



 
  

日テレのイッテQ!宗男オジとみやぞん出るYo!

 イモトさんが出産したので、このまま日テレ「世界の果てまでイッテQ!」からフェイドアウトすると思われた、天国ジジイこと、貫田宗男オジ。
 ※過去の話はこちら:貫田宗男おじさん、ついに日テレ専属タレントへ?!

 私のもう1人のオジ(よなよなダンスに見る和田アキ子と、私の叔父さんの不死鳥ぶりがハンパない)が、レビー小体型認知症から奇跡の回復を成したように、天国ジジイも日テレにカムバック。

 今夜7時58分から放送。良かったらぜひ見てください。

じん帯を切った脚は治ったのか?!

今何歳になったんだっけな?!

コロナになってから、オジに会ってないが、
いくつになっても元気で活躍する叔父たちを守ってくださる神さまに感謝。

by 桜子

大雪警報が外れた渋谷の子どもたち

 2月9日に東京で大雪警報が発出された時の話。
 「雪が積もる!」と騒ぐマスコミの報道は過剰だったと思う。NHKも「買いだめを」とアナウンサーが呼びかけるものだから、私はすっかり思い込んでしまった。10日は雪が沢山積もる、と。
 
 よく考えたら、天気も、明日も、神のみぞ知る未来なのに、どうして私は信じきってしまったのか。人はかくも、扇動されやすい。すっかり煽られた私は前日、スーパーへ行けば買いだめにソワソワし、子供用スノーブーツまで買い求めに5店舗も探した。そして、結局のところ、アウトドア専門店モンベルで、雪用靴のパウダーブーツというのをわざわざ購入した。
 ※参考までにこの日は在庫がはけるほど、飛ぶようにパウダーブーツが売れた(担当談)

で、

その必要がなかったのは、皆さんご存知の通り。

  
 ただ、当日は朝から子供たちがいつ積もるのか、と心待ちにして登校した。
うちの子も、ふだんより足取り軽く、新品の靴を履いて、雪道を歩く授業を楽しみにし、放課後に友だちと雪合戦をする約束をしていた。そして、うっすら積もった雪の放課後、娘は帰宅するとすぐ、友達が待つ場所へ出かけていった。



30分後


「こんにちはー!!!」
と、うちの子含む5人が、玄関に勢いよく入ってきた。

私が知らない子どもたちが、目をキラキラ輝かせている。
雪に興奮して、頬はピンク色に染まっており、渋谷の都会っ子でも、子どもらしい表情を見せている。しかも、男女で一致団結しているから、良い空気が流れて、熱量は高い!

娘は「ママ、バケツ取りに来た!」という。
(バケツが必要なほど、積もってるっけ?)
そう思いながらも渡すと、一人だけびっしょり濡れている子供がいて、レインコートも何もない、というから、私は仕事の傍ら、あたふたと、自分のを貸そうと物を出し入れし、忙しくバスタオルを取りに行った。

すると私の背で、

 

「金持ちが、神の国にはいるよりは らくだが針の穴を通る方が・・・・」

と男の子たちが、口々に言う声が聞こえた。

(何言ってるんだ・・・?)


と思いながら、私は洗面所で何枚かのタオルを手に取り、戻ってみると、その意味がなんだかわかった。

原因は、これだ。

これは私が20代に書いた、色鉛筆画だ。
玄関の内ドアに何気なく貼っていたが、誰かに見せるつもりはなかった。
たまたま、本棚から見つかったので、昔を懐かしんで、貼っただけ。


ちなみに、

「金持ちが神の国に入るよりは らくだが針の穴を通る方がもっとやさしい」
と言う聖書の言葉は、それぐらい、神様を信じることは特に金持ちには難しい、という意味だと思う。



あー、これがこんなに注目を浴びるんなら、
もっと分かりやすい聖書の言葉を子供に紹介したかったー!!

という、私の心の叫びは子どもには届かず、(きっと、意味わかんないだろうなー)と私は苦笑した。

そうして、神様ってすごいな、と思った。
あらゆる機会を生かして、神様がご自身を子供たちに現されたこと。
そして、娘の友達を一気に私だけに見せてくださったこと。
私は最近、彼女がどういうお友だちに囲まれて過ごしているのか、知らなかった。


神様は、いつも私たちの想像を超える方だと、私は主を賛美した。
大雪は降らなかったけれど、ハレを私の心に恵んでくれた。

by桜子

オミクロン株感染増でも、幸せでいよう

 私が以前観たニュースではオミクロン株のピークは今日という。1日あたりの感染者数は24000人予想とされていた。それが、今日の日経報道では19798人(17:07現在)とあった。この数字をどうみるか?
 
 専門家ではない私の考察など、どうでもいいのだが、言いたいことは1つ。
予想より感染者が少ないと知れば、気持ちは上向きに。昨日より増えたと聞けば気持ちはダウン。何を基準で物事をみるかで、心が左右される不思議について、今日は考えませんか?


 現在、情報の多くをインターネットが担っている。それでも高齢世帯はテレビが主流だ。報道、といえば夜7時のNHKニュースを信頼する家庭が根強くある。
 それで、眺めていると、ネットでも、テレビでも、コロナに関して言えば、日経平均株価と同じように前日比で報道されており、今は連日、「昨日より増えました」と記録更新され続けている。嫌なニュースを耳にして、気持ちは萎える。不安が煽られる。子どもが感染源と言われて、12歳以下の子どもがいるわが家はどうなるの?

 だが、前述の通り、数週間前の報道予測と比較すれば、今は最悪というわけでもない。子どもも、近所の子に感染したと思しき子がいない。だから、何を見て、どう生きるかは、すごく大事だな、と思う。

 そして、私たちの暮らしぶりに転じて考えてみても、結局のところ、マスクや消毒液が溢れて、生活できている。感染状況事態は悪いけど、最悪よりマシと前向きに捉えられる部分も多数ある。

 コロナは暗い影を落とし、心は曇りがちだ。でも、軸を変えると、幸せになれる。
影響され過ぎず、ビビりすぎずに、幸せになろう。

helen keller
New York Times Co.Getty Images

「世の中には辛いことがたくさんあるけど、それに打ち勝つことでも溢れているの」Although the world is full of suffering, it is also full of the overcoming of it. byヘレンケラー



オミクロン株感染増でも、幸せでいよう。


by桜子

 

 

 

「学校に行きたくない」と子供が言ったとき親ができること

 タイトルずばりの本を、不登校新聞編集長の石井志昂氏が書いている。不登校児だった著者が書いた、当事者に寄り添った内容だ。要約すると結論はただ一つ。子どもが休みたいと言ったら、親は休ませろ!だ。

 きっと、正解だろう。だが、それを選択することが、親には簡単に出来ない。特に共働きであれば、尚更だ。学生である限り、子供の登校問題は続く。行きたくないと言ったら、いつも休ませていいの?!

彼の論理は次の通り。
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・休みたいと訴えてきた場合、当人はギリギリの状態だから、休ませる。
・親は「もう少し頑張れ」と声を掛けがちだが、続けると、当人の限界を超えて休みが長期化の場合がある。
・休んで充電が1日ですめば、翌日は学校へ行ける。傷は浅いうちに対処。一日休んでも大したことはない。
・長期化したときは、回復に時間を要している。子供はいつか必ず立ち上がる。信じて待て。
・休むと勉強の遅れが気になるが、疲弊には休息が必要。勉強はあとからどうにでもなる。
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そもそも、学校へ行く価値とは何ぞや、という話は以前書いた(日曜夜、東大院卒の塾長から電話)。ここでは、まず子供を学校へ行かせるゾ、と決心した親がどうあるべきか、という話。

本では、行かない間の過ごし方はフリースクールの活用程度にとどまっていた。
が、これが最も難しい所なのだ。
子どもを休養させることを選んでも、親はその時どうするか。専業主婦なら楽かと言えば、そうじゃない。一人の時間がなくなるし、年齢によって、子供との過ごし方に限界もある。親子で煮詰まることもある。
おそらく、今は黎明期の後半か、転換期なんだろう。今、この悩みを抱えた家庭は一定数いるし、既にいくつか指南書も出ている。

こういうとき、参考になるのは体験談だ。

知人で中学生活を1年以上休んだ子どもを知っている。彼の場合、日本有数の大学を卒業しただけでなく、周囲の憧れの的になっており、ドラマみたいなサクセスストーリーに仕上がっている。

もっとも、それを知る夫によれば、「そもそも親のDNAが違うからね」と言う。そこで、私は、その事実さておき、とりあえず、そういうときの過ごし方について、そのママへ聞いてみた。

「学校へ行かなくても、勉強しなくても、学校行きたくないと言ったらしょうがないよね。聖書さえ知っていればいいよね。」

「そうそう!」と言う反応を静かに待ったが、即座に否定された。

「いや、桜子ちゃん。やっぱり勉強はね、出来るんならさせたほうがいいわよ。せめて、本だけは、読ませて。今、聖書を読めない子が増えているんだから」と言う。

彼女の回答が正解かはさておき、私は、クリスチャンというのは、神様さえ知っていればあとはOKじゃないのか、と子供っぽいことを考えた。明日世界が滅びると思えば、勉強などどうでもいいが…。
でも、たとえ明日滅びるとも、リンゴの木を植えよう、で生きていけ、と言うメッセージだろう。

Even if I knew that tomorrow the world would go to pieces, I would still plant my apple tree. byMartin Luther


最後に、この本を抜粋して、紹介を終える。


<石井志昂氏の言葉>
・不登校は一番苦しい時期を脱したサイン、休み始めた瞬間から、心の回復が始まる

<東大名誉教授・汐見稔幸氏の言葉>
・社会性のベースは、友達同士でいっぱい遊ぶことではない。「学校に行けば社会性が育つのか。条件として可能性はあるけれども、実際は中身によって全く違う」

・「子どもが赤ちゃんの時に泣いたから…うるさい、バチン!とやっていなければ、基本的な社会性は育っていると思っています」※社会性基礎は0-2歳で育つ

・「今の学校は点数で子どもを脅したりしてね(笑)。そうすると、本当に子どもが勉強したいことを上手に学ばせているとは限らないんですよ。(中略)試験が終わると、すぐ忘れてしまうような知識が多い。それに対して、「僕はどうしてもこれを知りたいんだ。調べたいんだ」ということを中心にカリキュラムを作っていくと、その方が間違いなく一生残る知識になったり、探求心になったりしていく。」


どうぞ、皆さんのお子さんたちが、どういう状況でも、いつも元気で健やかでありますように。

by桜子

ドラえもんがやってきた

 雲の上のドラえもんよろしく、娘にドラえもんのような友だちが与えられた。
うちの子が、のび太、というわけではないが、ドラえもんは、娘をグイグイ知らない世界へいざなっていく。

 まず、休みの過ごし方。
 ドラえもんは、タケコプターならぬ、お手製「しおり」で、娘を休日の朝9時半からお出かけへ連れて行った。意気揚々と、お弁当をリュックに詰めた娘が飛び出していく背を見つめ、私は感慨深かった。子ども同士のお出かけを許可したのは初めてで、ドラえもんママに聞くと、すでに昨年からお嬢さんはそのように行動している、と言う。

 ドラえもんが小学4年にして行動力が高いのは、それだけではなかった。
前夜に仕込んで、自分で作ったお弁当を持ってくるという。私は、ドラえもんに触発されて、のび太も作ると言い出すか、ソワソワしたが、のび太は即座に言った。

「ママ、作って。」

 ʅ(◞‿◟)ʃ …。


 私は、ドラえもんが、私の知る、渋谷の子でないことに驚いた。小学四年にして、この自立した行動力と家事能力の高さに、並々ならぬものを感じた。おまけに、どうやら優しい子で、うちの子は波長が合うらしく、知り合って以来、いつも一緒にいるらしい。

 「ドラえもんが来たみたい」と、夫は言った。


 もっとも、主人に言わせると、その子にとっては、娘がドラえもん、かもしれないよね、と言う。確かに、何かの波長が合ったからこそ、ともに行動しているわけだから、何かあるかもしれない。


 先のことはわからないが、ともかく、わが家は、いまドラえもんと娘の行く末を、祈りつつ、静かに見守っている。



 「鉄は鉄によってとがれ、人はその友によってとがれる。」箴言27:17


by桜子