月別アーカイブ: 2018年10月

放課後は公園で秋探し

紙コップ持って、公園で秋探し。

秋の葉っぱや実を拾わせたら、友達と、うわぁ、と喜んでいた。

公園で、ブランコ、砂場、滑り台で遊んだ。

近所に子供はもっと居るはずだけど、幼児が目立つ。

小学生は、お稽古や放課後クラブや家遊びが多いのかな。

もっともっと、外で自由に遊んで欲しい。私、喜んでよその子も預かるんだけどな。

日曜学校の秋晴れ遠足

爽やかな天候のもと、日曜学校の遠足に参加した。✳︎上は綱引きの様子

子供の行事は、子のためだけにあらず。親のためでもある。

ふだん、ゆっくり話せないクリスチャンママとの語らいは私にとっても大きなエネルギー源に。

ふだん、マメに付き合えていないだけに、何気ない疑問や気持ちを話すことで、癒されたり、励まされたり。

子供の人数が最近減ったと聞いたが、真偽はともかく、主の働きは人数と無関係で、いつも万全である。

7歳のお誕生日会

過ぎし火曜、愛娘は7歳になった。

例年、夏から自身の誕生日を心待ちにしている彼女のために、どう過ごすか少なからず悩んだ。

考えた結果、平日にささやかな誕生日会をすることにした。でもあれこれ考えていたら、中身はともかく、飾りつけは華やかになった。

自分に負担をかけ過ぎない、というのを肝に銘じつつ、気づけば年休を取ったワタシ。同僚が平日はムリ、という言葉が何度も頭の中をエコーして、私もムリだったなと感じ、準備を進めた。

そしたら前日、勤務中に学校から連絡があり、娘が休み時間に頭の衝突事故を起こした、とのこと。

血の気が引き、主人に連絡。駆けつけたらもう大丈夫、とのこと。

ホッとしたのもつかの間、夕刻に娘が吐き気を催し、私は再びパニックに。またもや主人を呼び出し、緊急病院へ。

幸い、軽い脳しんとうですんだが、命あってこその人生よ、と誕生日前に最も重要なことを思い出させてもらった。誕生日準備の苦労なんてどうでもいいのだ。。

晴れて迎えた当日、天国じじいを含む叔父2人と母、近所のお友達が来てくれて、こじんまりとしつつも、暖かな会に。

夕刻、仕事帰りの私の友人も立ち寄ってくれ、しみじみと感謝。

私の寂しさも吹き飛ばしてくれ、神様のおかげなのでした。

*ちなみにプレゼントは、アマゾンエコー「アレクサ」と工作の本。

渋谷で子育てに苦しむママ~児童虐待と呼ばないで

先週朝のNHKで「児童虐待半年間の通告件数過去最多の去年同時期を上回る」が放送された。

わが街、渋谷の場合は「東京都目黒区・結愛(ゆあ)ちゃん虐待死」で見られた経済的に困窮する親は少ない。渋谷区は一般的に、高学歴・高収入の親が多いという。(書籍23区教育格差」より)

児童虐待といえば、経済的に苦しい家庭で起こる事件のように、一見、見える。
けれども、渋谷区でもこの児童虐待は増えつつあり、中でも「心理的虐待」による通報や相談が最多、と、先月「子ども家庭支援センター」の職員が語っていた。
心理的虐待は、精神的虐待とも呼ばれる。両親の喧嘩や、子に対する言葉の暴力など、精神的ダメージを言う。

これだけ書くと、ダメな親ねえ、とか、ひどい家ね、と他人事になりそうだが、
私などは実際に、こと平日に関して言えば、私一人だけが子供の話し相手になっていることに対する孤独感や不安に押しつぶされそうになることがある。夫は多忙な割には極めてよくやってくれている。しかし、この時としてやってくる寂しさはどう処理すればいいの?

児童虐待のうち、心理的虐待は、そういう私みたいな親が追い詰められた結果、引き起こす事象だと、私は推察する。
母親の中には、弁理士などの社会的地位のある人もいる。

きっと、
そんな風になりたくないのに、やってしまう。そういう親の気持が、私はうっすら分かる部分がある。
どうやったら、そういう女性たちの孤独を救えるのだろうか。

秋休みの新潟長岡旅行

秋休み、というのが、今どきの小学校にはあるという。

わずか五日間ほどだが、新潟に引っ越したポルシェのパパ友宅へ泊まりに母子旅行した。
  
 
保育園時代の仲良しのお友達とは、どんなものか、と思っていたら、すごく仲良くて驚いてしまった。気づくと2人の背格好がよく似ていて、どちらがどちらか、後ろ姿だと、見分けがつかないことも。毎朝起きたらすぐお互いにおままごとなどして、遊びスイッチがオンになり、見ていて微笑ましかった。

友達はいいものである。