タグ別アーカイブ: 赤ちゃん

泣いている赤ちゃん~泣くのは良い運動か?

産後の一ヵ月間、家で分からないことがあれば携帯でググっていた私。
家に籠って、赤ちゃんを付きっきりでお世話しているときほど、ネットのありがたみを実感したことはなかった。

今日は、私のような子育てに疑問を持って悩んでいる誰かのために、「母乳育児(ラ・レーチェ・リーグ・インターナショナル/メディカ出版」で読んだ内容を記録し、検索でヒットするようにしておきたいと思う。以下は同書からの抜粋。
※正しいかどうかは、各自で判断してね☆

「泣いていても放っておけば泣かなくなるの?」

 おばあちゃん、親戚の人、友人などから、抱っこすると抱き癖がつくから泣かせたほうがいいと言われることがあります。また、赤ちゃんは抱っこしても泣くのだから、ベビーベッドの中で泣かせっぱなしにしようが、抱こうが、たいした差はないと思う人もいるかもしれません。でも、実際はかなりの差があります。

 米フロリダ州の・・・さんは自分が赤ちゃんの立場だったらどう思うかについて、次のように説明してくれました。
 
 「自分が、何かの理由で泣いているとき、誰も慰めてくれず放っておかれたら、気分のいいものでしょうか。嫌なことがあって気分がめいって泣いているときに、夫から『あっちの部屋に行って泣いてくれ。泣き声を聞きたくないよ』なんていわれたらどうですか。いいときばかりでなく、つらいとき、苦しい時にも愛情をかけてほしいと思いませんか」


赤ちゃんは思いっきりかわいがりましょう

 赤ちゃんに関しては、甘やかしすぎると言うことはありません。赤ちゃんのしてほしいことは、赤ちゃんにとって必要のあることです。

 小児心理学者の・・・博士は次のように書いています。

 「泣いたときにすぐにやさしく抱っこされた赤ちゃんは、好奇心に満ちた自信にあふれる子どもとなります。一方、泣いても抱いてもらえなかった赤ちゃんは、人を信頼することを知らされないまま、自分の叫びを聞いてもらえなかった世界に背を向けて、内にこもるようになるかもしれず、いろいろなストレスにおそわれるたびに、現実からにげてしまうこどもになることもあります」

 また、泣かせると肺の運動になっていいという声も良く聞きますが、・・・博士によれば「もしそうなら、出血すると血管の運動になりますか」と反論しています。

・・・と、ここまで書いてべべが泣きだした!
というわけで、抱っこしにいってきます。みなさん、おやすみなさい♪


世界が変わること

妊娠して、私の世界は変わった。

so_062.jpg

結婚した以上に、私を取り巻く世界は大きく広がった。
少なくとも、子の存在は、私の視野を嫌が応でも広げた。

街を歩けば、いままで視界に入らなかった妊婦に目が釘付けになる。
赤ちゃん連れをみれば、心が奪われる。
小学生の子供が走れば、何年後かのわが子の姿なのだろうかと
ぼーっと見つめてしまう。

そういうことは、まったく想像してこなかったので、
本当に実感が湧かない。

けれども、私の想像力とは裏腹に、現実として
今日もお腹の胎児は私のお腹を元気にキックする。

ここに確かにいる人の存在を、私は受け止めなくてはならない。

 *   *   *

先日、子供を持つということを改めて考えてみた。

聖書に、

〝見よ。子どもたちは主の賜物、胎の実は報酬である。(詩篇127:3)〝

と言う言葉がある。

しかし、自身を振り返ってみれば、今までの人生、
親に苦労や心配をかけて、本当に迷惑のかけっぱなしだった。

この家に私がいなければ、桜子家は幸せだろうな~と何度も思い、
わが身を呪ったこともある。

してみると、子の存在は、問題の種であり、癌のようなもの。

私は、今までの人生の罪を刈り取るために、
子を産んで、親が経験した苦しみを自らも味わおうとしているのだろうか?

どよーんとクラくなって、夫にその話をしたら、

夫は、結婚もそうじゃない、と軽く答えた。

「夫の存在は、心配の種で、新しい悩み事になったでしょう?
だけど、それを補って余りある素晴らしさがあるから、結婚したんでしょう?
子供もきっとそうだよ」

みたいなことを、私に言った。

加えて、

「人が成長しつづけるために、変化は必要で、
 変化していくから、人生は豊かになっていく。」

というようなことを、言った。

私は、ふむー、と俯きがちに返事した。

いろいろ考えながら、新しい命を迎える準備をしている
田中家である。


初検診の翌日※不思議な出会い

病院へ行った翌日--どうしたら体重を少しでも元に戻せるか、
ということで頭の中はいっぱいだった。

今日からもう、がんがん、動こうと思った。
しかし、どうしても具合が悪くて、スポーツジムへ行く元気はない。

夫に相談したら、散歩しよう、と言ってくれて、
池尻大橋まで歩いた。

すると、風がビュービュー吹いてきて、身体が寒くて寒くてたまらない。
帰りはタクシーに乗りたい・・・と思った矢先、〝銭湯〝が見えた。

いままでお風呂は、代官山の先生から、
お外のお風呂場は一切禁止、と言われていた。

だが、先生は変わり、その日の寒さに加えてなにしろ昨日の事件(?)の根が相当深く、
もうどうにでもなれ!という気持ちだった。(※それぐらいショックだった)
もし流産したらそれもまた運命だ、と半ばヤケになって、銭湯へ行った。

すると、そこは思いがけずとても綺麗な銭湯で、
人の入りも少なく、気持ちよく入浴できた。
さらに、私が桶を置いた場所の隣に、赤ちゃんを抱えた女性が寄ってきた。

これぐらいの子は何歳なのだろう?
これから自分も赤ん坊を持つんだよね・・・。

いつもなら絶対に話しかけないが、興味があって、
おいくつなんですか、と話しかけてみた。

すると、生後8か月だと言う。

私は自分が変な人だと思われやしまいか、と思い、
実はいま妊娠しているんです、と説明した。すると、彼女は急に表情を変え、うちとけて下さり、
私も聞きたかったことを質問した。

・赤ちゃん産むときって痛くないですか?
・どういう産み方があるんですか?
・妊娠が不安なんですけど

などなど。

すると、彼女は41歳で初産だったから、と前置きした上で、
「だから、私の場合は妊娠を楽しもう、と思ったの」と仰って、
いかにエンジョイしたか、という話をしてくれて、
大丈夫よ、と私を励ましてくれた。

そして、あれこれ話していくうちに、
驚くことが判明した。

なんと、彼女は、私と同じマンションの住人だったのだ・・・!!

二人で、えーーーーーーーーーーっと顔を見合わせ、
お互いに、今日初めてここに来たんだけど、と言い合った。
私は私で(神様ってば、もう、私にママ友をくださったの!?)
と思った。

しかし、お互いに初対面だし、部屋番号を教えあったものの、
次にお会いするかどうか分からない。

だけどそれは、すごく私を元気づけた。
落ち込んでいたから、励まして頂いたことがうれしかったし、
初めて人から生の出産体験を聞かせてもらったし、
それになにより、こんな偶然はめったにない。

やっぱり、神様が生きているんだ、と思った瞬間だった。
そして、このお腹の子供は完璧なる神様のご計画の一部なんだ、
と思った。

そのあと、お風呂場を出ると私は興奮して夫にその話をし、
心も体もすっかりあったかくなって家路についた。