その58:博報堂 インタラクティブプロデューサー堀宏史氏

電通の「日本の広告費」によるとネット広告が、ラジオにつづいて雑誌も抜いたという結果が出た。ネット広告が今後その重要性を一層高めていくことは間違いない。インターネットを用いた広告ではクチコミが特に重要になってくるが、かといって「自社商品をクチコミで流行らせたい」と思っても狙いどおりにコトを運ばせるのはなかなか難しい。

 そんな中、ソニーのビデオカメラ”ハンディカム”のプロモーションサイト「Cam with me」がネット上で大きな話題を呼んだというので仕掛け人をたどってみたら、実は知り合いだった。というわけで、その仕掛け人である博報堂エンゲージメントビジネス局の堀 宏史氏を訪ねた。

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インタラクティブプロデューサー—————————————————————————–
★堀宏史さんの簡単なプロフィール
【経歴】1969年生まれ。大分県出身。(株)博報堂にて、インタラクティブ・プロモーションのプロデュースを数多く手がける。

★桜子が勝手に選ぶ、堀宏史語録
・僕ね、広告は全てインタラクティブだと思っているんですよ。
・そこに王道はないです(笑)。
・プロデューサーっていかに色んな視点を持ってトランスレートできるかだと思うんですよね。

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■女の子が成長していく過程をネット上で追体験できる

 
「Cam with me」は子どもの成長過程を”ハンディカム”で録画して思い出を残す疑似体験ができる、Flashによるムービー型サイトである。Enterボタンを押すとタイムカウンターが動き始め、季節の移り変わりとともに赤ちゃんはあっという間に少女、そして大人の女性へと成長していく。

堀: このサイトは通常のビデオ再生なら当然あるべき停止、巻き戻し、スキップといった
ボタンがないことがポイントなんです。
子どもの成長に連動して時が過ぎ去っていくのは、巻き戻せないということを、
よりリアルに実感してもらうために、録画ボタンだけを用意したんです。
さらに、余計な情報は一切載せず、ユーザーが映像の提供する世界に没入しやすい
配慮をしました。

 早速私も体験してみた。途中で録画ボタンを二度押し、女の子が26歳になると花嫁姿になってタイムカウンターが止まった。26歳でゴールインって今どき早過ぎない? などとあらぬ方向に思いがおよんだが、竹内まりやさんの「毎日がスペシャル」が流れた瞬間、広告の世界へ一気に引き戻された。

1分ほどの間に女の子が成人するまでの時間が描かれる。録画ボタンを押すと、それぞれの瞬間が切り取られ、どれだけ録画したかによってエンディングを迎える 。

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私はこのサイトを見て竹内まりやの「毎日がスペシャル」ファンになりました♪
(これを聞くと幸せな気持ちになるよね)

桜子:曲が流れ始めるタイミングが絶妙ですよね!?
これって、自分で作業(録画)しているから、まるで主人公のように
気分が盛り上がりますよ!

 私はサイトが思いのほか面白かったので、その安堵とともにとても興奮したことを話していたら、最後に“あなたが残さなかった思い出48/50″というコピーでエンディングを迎えた。

堀:この意味は「あなたが撮った映像は2つだけ」というのではなく
  「あなたが残せていなかった映像は48もあるよね。だからハンディカムをまわしておこうよ」
  ということなんです。
  (リアルな)人生は追体験できないですけど、ここで疑似体験していただき、
  「日常で他愛ないシーンを撮り逃していた。後で見たらかけがえのない思い出になるのに」
  と、感じてほしかったんです。

 実はクチコミで広がっているとは聞いたものの、広告代理店が仕掛けたものだし、その噂ってホント?という疑いの目を持っていた私だったが、サイトの完成度は高く、疑っていたぶんだけとても感動した。

■クチコミに重要なのは人の心を動かすこととそれをどう他人に伝えてもらうか
 2008年にソニーから、ビデオカメラユーザーが運動会や卒業式といったハレの場だけでなく、もっと日常で使うことの価値に「気づかせる」提案を強化できないか、という相談を受けたという。

堀: 普段のシーンでもっと映像を撮りましょうよという、「何気ない毎日でもスペシャル」
というメッセージは、以前からクライアントがユーザーへ投げかけていたんですが、
やっぱりユーザー自身にそうだよね、と心から”実感”してもらわなければいけない。
そこで『”ハンディカム”まわそう』という言葉を今回作った上で制作にとりかかったんです。

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 2008年12月にティザーサイトを立ち上げて、そこから約3週間後の2009年1月16日にサイトをアップした。もちろん当初からクチコミで広がることを目論んでいた。

桜子: 実際今回クチコミで広がったようですが、そのきっかけはどうやって作るんですか?

堀: クチコミは2ステップを踏むことで生まれると思うんです。
まず何がクチコミの源泉かと言えば「人に伝えたい」という”気持ち”ですよね。
最初に大事なのはその”気持ち”をどう作るか、なんです。
心が動くかどうか。それはカッコイイ、カワイイ、キレイのどれでもいい。
最初に人が心を動かす要素を作ってユーザーへ与えるのが第1ステップなんです。

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時間が過ぎ去っていくことの切なさ、それはもう取り返せない!みたいな。

 今回、堀氏は”心を動かす”要素の中で、特に”泣ける”という部分に注力した。
涙を誘うインタラクティブコンテンツがあまりなかったのでトライしたかったと語る。

堀: 極端な話、笑いでも良かったと思うんですけど、ビデオカメラを使う機会を増やすことに
時間が過ぎ去っていくことの切なさを感じてもらいたかったので、泣けるー
   という方向で作ったんですね。

 そして、次にそれを体感した人に、いかにしてそれを他人に伝えてもらうか、が
クチコミに欠かせない第2ステップであるという。

 Cam with meには、サイト左隅に「この体験を共有(EMBED WEBSITE)」というボタンがあり、そこを押せばサイト丸ごとが縮小化されたブログパーツができる。

 通常ブログパーツは、必ずしもブログの記事に連動して貼られるとは限らないが、この形式であれば堀氏らが作った「Cam with me」の世界観を損なわずして見る人へ伝わる。ブロガーの手によってカスタマイズされた「Cam with me」のコンテンツが、ネット上に幾つものコミュニティを形成しながら、派生していくのである。

■チームにおけるコミュニケーションの取り方
 聞けば、このサイトは博報堂におけるネット広告のインタラクティブチームと映像の
ムービーチームの共同作業によって生まれたという。
特に前者のチームからは、サイトに技巧を凝らすアイデアや技術が豊富に提案されたという。

堀:たとえば、女の子が成長する過程で人生の選択肢を作っちゃう? とかね。

桜子:へー、面白いっ!

 しかし、そうしなかった。
今回の制作で最も苦労したのは、いかに余計な情報や操作をなくしてシンプルに見せるか、
ということだったという。

堀:ただ今回の場合、どのように時系列を設計するのかというのがすごく難しかったです。
そもそも2つのチームは互いに文化も仕事の仕方も違う。
普通の仕事ではなかなか交わらないんですね。
それが今回は最初の企画段階から一緒になって考え、お互いの領域を侵犯しながら、
作業を進めていったんです。

hori-3_200x.jpg 真剣に聞く桜子。

桜子:2つのチームが協力しあうというのは難しいことですよね?

堀:ええ、もちろんコンフリクト(衝突)しましたよ(笑)。

桜子:そこをリーダーとして乗り越えた秘訣は何でしょう?

堀:そこに王道はないです(笑)。

桜子:ないですか(笑)?あるかと思いました。

堀:いや、ないです(きっぱり)。

桜子:ではどうやってコミュニケーションを?

堀: ともかく一緒に長い時間を過ごす、ということじゃないでしょうか。
最初はお互いにロールプレイというのか、各自の部署からそれぞれ役割を担って
参加しているから、牽制したり、緊張しますが、いいものを作ろうという共通項があれば、
まとまっていく。そういうものですよ。

桜子:各自が色んな意見を出してくる中で、
ご自分の考え方がブレることはなかったですか?

堀:ありません。
僕は、基本的にどこまでいってもユーザー視点でしか、モノを見ていないんです。
コンテンツを作りだすと、作り手はつい色々と手を加えたくなってのめり込むものなんです。
でも、そこは受け手目線の観点から決断していきます。
僕もプランニングして一緒に作業しているから、(作り込まれた要素を)切ることは
非常に心苦しいんですが、最終的にユーザーへ響かなければ意味がないですから。
  コミュニケーションや広告は、受け手が優先なんですよ。
送り手がどんなにいいですよ、と言っても受け手が疑問に思ったら、
そちらが正しいんですよ。

桜子:それでも会議が白熱してくると、相手の勢いに飲まれそうな瞬間があると思うんですけど。

堀:ええ、ありますね!

桜子:そこはどうやって自分の考えを貫いていくんですか。

堀:作り手の文脈を理解してあげることができるか? というのがポイントです。
つまり、僕は自分がユーザー視点を連発していますが、
一方で作り手視点をわかっていないと絶対にダメなんですよ。
もっというと、クライアント視点も同じようにわかっていなくてはならない。

mr.hori03.JPG いいものを作りたい

■作り手の気持ちを理解するためには蓄積が必要

 作り手の気持ちや世界を知らないといけない、と力説する堀氏はプロデューサーである。
プロデューサーとは、いかに色んな視点を持ってトランスレート(翻訳)できるか、が資質として求められている役割ではないかと言う。そのためには作り手の感性を理解したければ、たとえば色んな映画や本、音楽などを通じ、知識のストックや体験の蓄積などにより、彼らの世界や文化を知っておく、ということが必要不可欠だという。

堀:まず、そこの共有がないと、話をしてくれないんですよ。
だって、彼らはプロフェッショナルなわけだから。
僕がいくらユーザー視点を主張しても、それ以外の物事を知らなかったら、
君は何も知らないねと相手にしてくれなくなっちゃう。
逆に言えば、それがあれば彼らの世界観を押さえながら言葉を選ぶから、
意思疎通ができるようになるんです。

 2つの異なるチームがぶつかり合うことで衝突もあったが、そのお陰で科学反応が生まれたときのように、今回は力作の作品が残った。

堀:映像の監督からは「アッサリしすぎている、もっとギミックをつけては?」という
意見もあったんですが、映像だけでなくサイト全体を設計している身としては、
サイト全体がユーザーに与えるエクスペリエンスはこうだ、と伝えて納得していただいた。
本当にそれで伝わるかどうか? というのは疑心暗鬼だったんですけど、
こうして結果が出ると、よかったなと思いますね。

 では次にどのような仕事をしたいかと伺うと「何でもやらせていただきます」と堀氏は謙虚に答えた。意外だ。もっと、いろんな主張があるかと思ったのだが……。

堀:しいて言えば、これからは「広告を作る」じゃなくて「広告で作る」という、
広告から発信されるムーブメントや人とのつながりをつくる何かができればいいな
と思いますね。もともと自分はIT絡みのことに興味を持っているので、
パーソナルとソーシャルの両面が見られるインターネットはおもしろいんですよね。

 広告代理店などのマスコミで仕掛け人と言えばとっつきにくい人がいるのも確かだが、
堀氏とは3年前に知り合って以来、ずっと気さくにこんな私とも親しく付き合ってくれている。
今回初めてプロデューサーの仕事を聞き、私は普段見ている顔と違うので少し驚いた。

スタッフを率いてあれだけの仕事をするには怒鳴ることもあるはずだ。
普段見ていない姿を想像して、改めて現場はいつも戦場だと感じたのである。