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man inside vehicle

オープンダイアローグと私⑦


求めなさい。そうすれば与えられます。
捜しなさい。そうすれば見つかります。
たたきなさい。そうすれば開かれます。
(新約聖書マタイによる福音書7章7節)

「トラウマインフォームドケアとオープンダイアローグ」について書く予定だったが、その前に私自身が土曜の夜からずっと苦しんでいる。心が泣いている気がする。その理由を知りたくて、パソコンに向かってみることにする。

 発端は明白だ。水曜から今日までの夏休みに、暇が少なかったからだ。あれもこれも、神様からのプレゼントと消化してきたが、日曜はのんびりしたかった。だが、土曜の夜、早めにベッドに入った私に、よその子どもたちを預かる話が、子供づてに舞い込んできた。私はとっさに、ダメ、と答えた。1人ならまだしも、複数とはなぜか。だが、夫はすでに許可していた。
 
 「桜子が嫌なら仕方ない」と夫は、あくまでママファーストの立場だったが、彼がOKで、私がNGなことにも、不寛容な自分にモヤモヤした。今は疲れている。ともかく眠ろう。明日の朝、そのことを考えよう、と子供に告げて寝た。
 
 しかし、私の脳に舞い込んだその話は、私を苦しめた。その家庭について考え、子どもたちを想像し、もし断れば可哀想な気がした。というのも、一年前にも似たようなことがあった。その時、親は家に居ず、子どもたちはわが家に駆けてきた。受け入れることが善だ、と私は考えていた。
 
 起きてすぐ、与える者は幸いです、という聖句が浮かび、娘が私の決断を待っているのが分かった。私の背をさすり、彼女なりに気遣ってくれていて愛おしかった。身内を褒めるべきではないが、わが家は夫と娘が優しいタイプで、私はそうではない。人間には、生来持って生まれた性質がある、と私は思う。私は子供の頃、母によく、弟は優しいのにあなたは意地が悪い、と何度も言われた。これは恨んでおらず、また母が鬼母だったわけでもなく、実際、その通りだったので仕方がない。
 
 と、話が脱線したが、つまり私はそういう人間なので、自分にとって不利益なことをやるのが大の不得意だ。したがって、娘に、起きてすぐ快諾できないでいた。ギリギリまで本当に後悔しないかと自分に問い、食後ようやく言えた。それが、私の精一杯だった。

 なぜ子どもたち全員をうちで預かる必要があるのか、というイシューがあった。親は了承済だが、私への連絡はない。「お願い、お願い」と頼んできた子に対し、何か事故が起これば私たちの責任という、ハイリスクな案件をのんだ。感謝はされないことは、折り込み済みだ。子どものためにやる。
 午前礼拝に行き、偶然会った友と立ち話したら、なぜかこのことを祈ってもらう流れになった。準備は万端だ。あとは、責任をもって預かる。何しろ、今日の午後は、家族で予定していたドライブデーなのだから。
 
 一方で、子どもたちは可愛かった。彼らを責めるのは違うことで、私自身の余裕具合であった。
私は預かるときいつも、なるべく、この子は私の子ども、と思うようにしている。だから、呼び捨てで呼ぶし、危ないことは叱るし、会話もなるべく努力する。というのも、意外と子どもは大人と話したがっていると日常で実感するからだ。
 “なぜそれを私に話す?”と感じるような、どうでもいいことを他所の子が熱心に話してくれることがあり、その時には、「へえ、そうなんだ!」と、さも感心あるように耳を傾けている(つもり)。みんな、愛を求めていると思う。

 私のテンションは低かったが、上記ゆえに、なるべく楽しく過ごそうと決めた。けれど、外出先でかかってきた、その子の親からの電話に、私は気持ちが暗転した。
 それは、「帰りが遅くなる」と知ったからではない。その子から電話を渡されて、外出理由が趣味と知った時に、ひっくり返ったからだった。てっきり仕事と思っていた。が、まさかの趣味ファーストに、私なら子供たちの留守を預かる誰かを考えるのに、それが必要とは露ほども考えてない様子だった。受話器越しから聞こえる明るい声は、悪意がなく、面食らった。なんだ、このキラキラ加減は。子に対する親の在り方への価値観があまりに違っていたので、私は頭がくらくらした。

 夫に「おかしくない?」と聞いたが、彼は「どちらが正しいということもない。人それぞれ、価値観が違う」と言った。その突き放したようなセリフが、私には次のように変換されて、聞こえてきた。

 「真面目過ぎるお前が悪いよ。お前がバカなんだよ。子供を放って、もっと自分の好きなことをしたらいいんだよ。人生は一度きり。いつも家族のことを考えて、我慢するお前がバカなのさ」

 私は好きなことを優先できる親が羨ましくもあった。子供は後回しで良い。それがこの家のスタンダードのようだ。しかしこの場合、子どもはどうなんだ?子どもはいいのか?親の付帯なんだから、我慢を強いられても、それが彼らの運命なんだろう。いや、むしろ、それが当たり前なら、わが家は余計なことをしたのだろうか。見せなくていい、違う家族の形を見せてしまったのだろうか。

 私は実のところ、本音をいえば、遊びに出かけても心が晴れずにいた。土曜の夜から嫌だ、と感じた思いは消えていなかった。私の肉が私を切り裂く。他人の子を預かってストレスを抱える自分と、好きなことをして幸せな親の対比に、私は耐えられなくなった。
 しばらく静かなところに居たいと、子どもたちは主人に任せ、独りスタバで、飲みたくないブラックを隅の席ですすり、無益な時間を過ごした。

 夕方遅くなったので、家族のところに戻った。すると、子どもたちは全員、お揃いの新しい服を着ていた。目を見張る私に、「子どもたちがびしょ濡れになったので、着替えさせた」と夫は言った。いつもの私なら、どうして濡れたかと大騒ぎするが、この日はもう、理由を聞く気力がなく、ただ黙っていた。
 
 うちの夫だって忙しいのにな…とぼんやり考えた。だけど彼自身は、濡れた子供たちに、タオルを与えようと買いに走り、体を拭かせている間に、ユニクロへ走って人数分の子供服を買い、着替えなさいとお手洗いへ行かせていた。
 子どもたちの世話をして、愚痴も言わず、それも喜んでやっているように見える夫をみたら、ああなんだか嫌だ、と、私はひどく泣きたい気分になった。

body of water across bridge during nighttime
Photo by Aleksandar Pasaric on Pexels.com



 帰り、車の中で、子どもたちは東京の夜景を見て、歓喜の声を上げていた。レインボーブリッジ、東京タワー、通るたびに大騒ぎをして、笑っている。良かったと思った。だが、私は一刻も早く家に帰りたかった。そして、帰った時こそ、好きなことをしようと思った。
 まずご飯だ。いつもなら、夫と協力して、家族の夕食を準備するが、娘は軽く食べていたし、私は自分ファーストにさせてもらった。「お先に」と言い、食事を先に始めた。これが、善なんだろう?そして、眠くなればすぐに寝た。ベッドで、娘にアレルギーの薬を飲ませなきゃと思い出したが、無視した。これが、善なんだろう?

 この日、神様は私に、子どもたちを預かれと言ったような気がするけれど、私は一日を棒に振ったような気がした。惨めな気持ちだ。私はこういう時、すごくすごく、死にたいと思う。NHKのパパゲーノは特殊な人の話なんかじゃなくてこの世に絶望する私自身に常に付きまとう。

 もうできない。温かい社会なんか、作れない。私は、この日曜日、いったい何を学んだというのだろう。

 オープンダイアローグを書き始め、森川すいめい医師とつながりたいと思った夜、森川氏よりツイッターをフォロー頂いた。身に余る光栄である。(フィンランド式精神医療、オープンダイアローグ(開かれた対話)①~⑥)。私はここに、神の技を見出したのだが、筆を進めるのは簡単ではない。

 
 森川先生、私が、これを熱心につづったのは、たった一つ。

 それは、この先に、日本を救う、暖かい社会の実現があるからでしょう?今の日本は自己中で、他人に冷たすぎるよね。オープンダイアローグは、精神医療の現場だけの話じゃない。家庭でも、学校でも、職場でも、社会全体で必要な営みだよ。私もこれを広めたいと思ったよ。
 だけど、だけど、現実と自分の乖離と言ったらこの上ないよ…。


ニーチェは言う。生ある限り、すべてが試練。
“Aus der Kriegsschule des Lebens– Was mich nicht umbringt,macht mich staerker.” by Friedrich Wilhelm Nietzsche

原語を、次のように訳す人もいる。

「私を殺さないものが私を強くする」

もし後者の訳が正しいのであるならば、今、私は試練の中で、強くなろうとしているんだろうか。

  

肉の思いは死であり、御霊による思いは、いのちと平安です。
(新約聖書ローマ人への手紙6章8節)

 

昔読んだ、聖書の言葉を今日は久しぶりに思い出した。
最後にこれを紹介して、本日のトラウマだか、懺悔高分からない、長い長い、私の告白を終える。

わたしがあなたのそばを通りかかったとき、
あなたが自分の血の中でもがいているのを見て、
血に染まっているあなたに、『生きよ』と言い、
血に染まっているあなたに、くり返して、『生きよ』と言った。
(旧約聖書 エゼキエル書16章6節)



(ここまで読んでくださった方、どうもありがとうございました。m(__)m)

by桜子




 
 

by桜子