家の真ん中に古書の山があった。普段は何も置いてない場所なので、不思議な気持ちで一冊一冊のタイトルを眺めていたら、白い文庫本が私に訴えかけてきた。
捨てないで、捨てないで。
そうか。だったら私が拾って読もう。奇しくも、終戦記念後の今に適した本であった。
中公文庫・藤原てい「流れる星は生きている」--数年前、「国家の品格」でベストセラーになった藤原正彦の母、藤原ていが書いた同書は、幼子3人を連れて藤原ていが満州から引き揚げる様を書いた、貧困と飢餓と生への壮絶な苦しみを描いた話で、当時大ベストセラーになった。
読んだことがない人はぜひ読んで、と言いたいし、読んだ人には、こう言いたい。
「私たち、今の時代に生まれてきてほんとうに良かったね」
今の時代は大変で、実際その通りだと思うのだけれど、食べ物がないというのはどういうことで、住む場所がないというのはどういうことか。今苦しみを抱える人には言いづらいが、当時のそれと比べたら、今の私たちの生活ははるかにマシのような気がしてならない。衣食住が最低限足りていて、殺される心配がないからだ。
本を読むと、悲惨な描写に所々胸が痛み、非道なことをする人間には腹が立つ。
しかし私は読んでいて、とても不安な気持ちになった。もし、私がこの時代に生まれていたらどうなっていたのかな、と。
果たして自分が窮地に立つとき、誰かを思いやる優しい心があるかどうか、甚だ疑問。
いや、絶望的だと強く感じる。
例えばリンゴが一個しかなかったら、それを困っている隣人に分けることができるか。
追っ手から逃れているときに、道端に座り込む怪我人に手を差し伸べられるか。
聖書にはこんな箇所がある。
* * *
『目には目で、歯には歯で。』と言われたのを、あなたがたは聞いています。
しかし、わたしはあなたがたに言います。悪い者に手向かってはいけません。あなたの右の頬を打つような者には、左の頬も向けなさい。あなたを告訴して下着を取ろうとする者には、上着もやりなさい。あなたに一ミリオン(=1500m)行けと強いるような者とは、いっしょに二ミリオン行きなさい。求める者には与え、借りようとする者は断わらないようにしなさい。
『自分の隣人を愛し、自分の敵を憎め。』と言われたのを、あなたがたは聞いています。
しかし、わたしはあなたがたに言います。自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。
それでこそ、天におられるあなたがたの父の子どもになれるのです。
天の父は、悪い人にも良い人にも太陽を上らせ、正しい人にも正しくない人にも雨を降らせてくださるからです。
自分を愛してくれる者を愛したからといって、何の報いが受けられるでしょう。
取税人でも、同じことをしているではありませんか。
だから、あなたがたは、天の父が完全なように、完全でありなさい。(マタイ5章)
* * *
こんなこと、出来る人なんていないや!と思うのだけれど、
まれにこういうことを実践する人に会うことがある。
がっくりとうなだれ、私の道はただただ果てしなくて遠い。