虎ノ門1番出口から徒歩5分。
新オフィスは興和新橋ビルの2階。大きな窓から緑が見られて清々しいです。
ちなみに、今朝、職場を間違えて、お隣のキッコーマンさんの2階に入ってしまいました。ラジオ体操が流れてきたので、経営方針が変わったのかと思い、「わが社の居室はどこでしょうね??」といったら、「???」となり、間違いに初めて気がついた次第。いやー、おかしいと思った。
虎ノ門1番出口から徒歩5分。
新オフィスは興和新橋ビルの2階。大きな窓から緑が見られて清々しいです。
ちなみに、今朝、職場を間違えて、お隣のキッコーマンさんの2階に入ってしまいました。ラジオ体操が流れてきたので、経営方針が変わったのかと思い、「わが社の居室はどこでしょうね??」といったら、「???」となり、間違いに初めて気がついた次第。いやー、おかしいと思った。
たとえば、「私の人生こんなはずじゃなかった」とか
「あのとき右でなく左を選んでいたら」などといって、
ふと振り返るクセ、あなたにはないだろうか。
後悔はしていない。
でも、決着ついた過去に戻って、あの選択はあっていたのか考える。
意味のないことをついしてしまう、そういうこと。
学生の頃、自己実現を目指していた私は、あるときから、
「自分ではなく神様のために生きていく人生」という生き方を、
好むと好まざるとにかかわらず、選ばされた。
強制された物言いをするのは、不本意だったからである。
私は物心ついたときから、神様の存在について考える土壌にいた。
幼い頃は素直に信じていたが、思春期になるにつれて、
毎日曜日に日曜学校へ行かなくてはならないことや、
あれしちゃいけない、これしちゃいけないが難しすぎて
(誰かのことを羨むのも殺人も同じ罪なので、しょっちゅう謝ってばかりで罪の意識に苛まれて苦しかった)
そして、神様なんて目に見えないものは信じられないとか
日曜日に教会へ行くより遊びたい等という負の要素をあるとき突き抜けて
神様を信じるようになってしまった。
これは、信じようと決断したのではなく、知ってしまったという感覚に近い。
だから逃げ道がない。
かくして、信じるようになってしばらくしてから、
「信じる人生は自己犠牲」という、信仰の本質を知ることとなる。
この瞬間は相当なショックを受けた。嫌だったからである。
でも、戻れなかった。
信じることは、自分の損得や計算ではなかった。
結局色々なことがあって10数年が過ぎ、
今もまだおぼろげながら信仰を保っている。
そんな私にある晩、こんなことを言った人がいた。
「 どうして「○○が辛い」とか言うのかわからない。好きなことやってて、
自分が選んだ人生だよね?嫌なら辞めればいい。人生は自己責任だよ」
私は先に述べたとおり、信仰を持って以来、自分で選んだ人生じゃない、
と思っていた。だから、この言葉には大いに戸惑った。
「え?だって、自分で選んだ人生じゃないもん」
がしかし。自分で選んだ人生じゃないっていったいどういうことだろう。
こういうバカなことをやっているときが一番楽しいです。
毎週土曜日はゴミ当番の日である。
わが家の周辺はほとんど一戸建てなために、各家庭が月変わりの持ち回り制で当番を担当している。
ところが昨今の高齢化ゆえ、当番をこなせない家庭が増えて、今ではほんの2~3軒だけでゴミ当番をする。ゴミ収集車がきたら、ゴミ箱をお掃除して、周囲にゴミが落ちていないかなどをチェックする仕事だ。
それで、今朝は目覚めたら私一人だったので、
午前中からゴミ屋さんが来てくれるのを今か今かと待っていて、
車の音がするたびに、お外にでてキョロキョロするのだけれど、
ただいま15時。
ゴミ箱が満タンです。
お外に出たい。ゴミ屋さん、早く来て・・・。(T T)
しかたないので、家人に一言断って外出しようとも思って
昼間から携帯に何度もかけているのに、反応が一切ない。
・・・。
しょうがない、こんなときはパソコンだ。
で。サイトみたら、
あー!!! あー!!! なんだこれはー!!!
新宿御苑にいるじゃないかー!
やられた、やられた。
あ~、だから朝から誰もいなかったのか~(@@)。
実はうちの両親は本日、福田首相の「桜を見る会」に参加しているのである。
時計の針はもうすぐ16時だ。
結局、でかけないまま、夜になってもらった記念品に、いたずら書きをして終わった。
親父にもぶたれたことないのに・・・byアムロ
この書きっぷり、最高です。presented by nobu シャアやセーラ版もあるよ!
「今週もがんばろう」
と、ミィがしゃべってる(つもりの)図
先週の月曜日以来、元気になってきました。
ひそかに祈ってくれた方が多分いる・・・
絶対いる、と思いました。
うっ、゜゜(´□`。)°゜
ありがとうございます。
ついでに電話をくださったKさんもありがとう。
さらに、なななんと・・・!!!
If you want to visit me in Switzerland, you are most welcome, you do not need to go to Alabama…
スイスからレスキュー隊Sが駆けつけてくれました!!
素晴らしき哉、ブログ。
アラバマネタも吐露してみるものです・・・。(Sとのエピソード)
うれしいヽ(‘ ∇‘ )ノ
今日も支えられて、毎日生きる日々です。 m(__)m
幸運を祈ってて!と、いう意味です。
素敵なフレーズで、最近のお気に入りです。
というわけで“Wish him luck!”
神様、彼をよろしくお願いします☆
【がいじん1】
子供の頃の話。男の子が外国の子をからかっていた。
「やーい、がいじんだ、がいじんだー!!!」
そしたら、がいじんのお母さんは猛烈な剣幕で怒鳴り出した。
「あんたたちだってねっ、外国へ行ったら外人なのよっっ!!!」
お母さんの流暢な日本語に圧倒されたか、男の子はおののいていた。
見ていた私も子供心に、(そうかー、そうだよなー。)とえらく合点した。
【がいじん2】
先日、大声で話をするビジネスマンの外人2人と乗り合わせた。彼らは2人でV字を描くように座席の両端に座ったが、そこは3人掛けのシルバーシートだった。
会話が続く傍ら、一人がロッテアーモンドチョコ(箱入200円)を取り出し、隣に薦めたが彼はノーと断った。次に彼を見たら、不要だったわけではなく自分のおやつを持っていたことがわかった。なんと、右手にはマイタッパーウエア!(ナッツぎっしり)
電車が次第に混み、お年寄りが乗ってきた。相変わらず彼らは2人で3人掛けを独占している。が、「courtesy seat」(優先席)ですよ?などと注意ができるわけもなく、私は英語をヒアリングしながらチョコとナッツをむさぼる彼らを見ていた。
このまま渋谷でさよなら(←私は降りる)かと思ったら、近くのおじさんがついにジェスチャーだけで彼らをどかせた。おじさん、英語出来なくても、コミュニケーションしたその勇気に拍手です。
降りてから、なんであんなに見ちゃったんでしょうね、私?などとと考えていたら、理由がわかった。やっぱり、がいじん、なのである。
日本人はビジネスパートナーが傍にいたら、お菓子はせいぜい飴かガムがいいとこで、2人で各々異なったお菓子を取り出して食べる、というのはそうそうない光景で。
あと、やっぱり日本人なら基本、座席は詰めて座る。両端に座って、一席空けて話す、というのはあんまり・・・ない。
だよね?
↑プレミア?
六本木一丁目の社長が「一青窈から頂いた」というのをさらに私が頂いた。水風船の柄です。