カテゴリー別アーカイブ: 渋谷子育て

さようなら2016年ありがとう

SMAP !ありがとう  すまっぷ

と、スマスマ最終回の録画を観て、SMAPに手紙を書いた娘。

うちの子は夫の影響でSMAPが好きになり、解散には悲しげな顔をしてた。

近頃は文字を書けるのが楽しいらしく、絵や文字をよく書いている。

今日12月31日も、ホテルで夫婦揃って紅白歌合戦に見とれていると、娘は飽きたらしく、やおら絵を描きはじめた。

 
べべ5歳 パパとママへ べべより

「かぞく」

今年最後の絵が「かぞく」だなんて、やるじゃん、と深く感動した。私がテレビに夢中になってる間に、娘は、かぞく、とエライ違いである。5歳だから、計算づくでないとこが、また良い。

この一年、会社に行って保育園に迎えに行って寝つかせて、連日本当に大変だったけど、子供のお陰で、生きてて良かったと感じる瞬間が無限にあった。

このかぞくが、私の土台で、たった3人しかいないけど、いつも足もとを見失わないようにして、今の時間を大切に暮らしていきたい。

日本のこども教育レベルの劣化問題

山田宏(元杉並区長)が結構良いことを言っていた。

先日、小学校教員が「子供の生活指導に時間がかかり、授業に入れない」と打ち明けてくれた話と似通っていた点があったので、彼の発言は的を得ている気がして、ここに紹介する。

◆日本の教育はどうなっているの?(動画)

教育問題で、山田宏が問題を追及したきっかけは、大学長のセリフだった。
「最近、大学入学する生徒の教育レベルが低下して、入学すると高校の補講をやっている」

それで、彼は高校はどうなっているんだ、と追求していったら
どんどん下位層へ落ちていった。

高校(西高):高校に入学する中学生の教育レベルが低下している。

中学:学習指導に100%かけられない。生活指導に時間を要していて、小学校に問題あり。

小学校:小学校1年生の1学期クラスをみてもらいたい。多動症の子に手がかかり、授業にならない。

幼稚園:幼稚園に入る段階で、決まっている。最近の子供を見ていると、
    1)親の愛情いっぱいで育った子供 2)愛情が欠けている子供 この差が激しい。
    1は知識の吸収率が高いが、2は低い。
    保護者には「先生、“あやす”というのは、どんな本を読めばあやし方がわかりますか」と、
    あやされた経験のない親が増えてきているのが現状です。

さてみなさんはどこから手をつけますか?

と、山田宏は言った。

この問題は解決が簡単ではないので、ひとまずここまで。

働く女の涙(マミートラック)

先日、クライアント先に出向いて、打合せをしていたら、
クライアントが泣いた。

その理由はこうである。
私は、女性クライアント(既婚・子持ち)と2人きりになったのをこれ幸いと思い、
兼ねてからの疑問をぶつけたのだ。
すなわち、“働きながら子育てするジレンマ(マミートラック)”
をどう乗り越えているのかと。

彼女はパッと見た目、独身に見間違うくらい、生活感がなく可愛らしい女性なのだが、
実は二児の母であり、その悩みはたぶんに彼女を襲っていたらしく、
子供が小学校にあがってからはフルタイムで頑張っている、と打ち明けながらも、

『子供も分かっているみたいで「ママ頑張って」と応援してくれるの』

と声にして言った途端、彼女の瞳が涙でいっぱいになり、
しばし、私は無言になった。

・・・わかる、わかるよ

という気持ちと、

あなたもでしたか、

の心境であった。

働きながら子育ては大変だ。
言わなくても、その苦労がよく分かった。
マミートラック(出世できなくなる)は、今の日本だと、私たち女性は飲みこむべき事象なのである。
解消する仕組みや、英断してくれるトップ(社長)はそうそういない。

*  *  *

そういえば、私が育児休暇から復職したとき、NTTグループのある社長が(既にリタイア)こんな話をしてくれた。

“僕の時は、自社の女性社員を出産後(頑張りつづけていたから)すぐに部長に引き上げたよ。彼女はえらく恐縮していたけどね、そういう人事も必要なんだけどねえ”

まあ、働くワーキングマザーの誰もが引き上げられる能力があるとは言わないが、残業しないで働くママにも出世できるチャンスがあったら、後ろに続く私たちはどんなにか励まされることだろう、と思うのだ。

保育園の運動会

今日は運動会があった。
茅ヶ崎に住む義母は、遅刻してはなるまいと思ったらしく、今年は朝7時半にやってきた。

・・・お母さま、早すぎ。(**)

開会式は9時過ぎだ。が、結婚6年目を迎え、義母の生態にはもう慣れた。
何事もなかったかのように、自分のペースを崩さず、
家族の朝食を用意し、身支度を整え、娘の髪を結わえて、家を出た。

みんなで会場へ向かうと、道すがら娘が「・・・ウンチ」とトイレ申告。
こちらも、子育て5年目を迎えるにあたり、動じることなく、冷静に対処。
私もママとしてすっかり逞しくなった。

で、運動会。
IMG_4101.JPG
※無難な写真を撮りそびれたので、タンポポでお楽しみください

娘は年中だが、年長さんは最後の運動会のせいか、
開会式や、閉会式など、いたるところで、見せ場があり、
よその子をみていても、感動した。
子供が成長するのは神秘である。

うちの子は去年と比べると、正面を向いて体操しない、ということがままあり、
一昨年は親を見つけると、舞台から堂々と手を降っていたのに、
人前に出るのが恥ずかしい、という感情を芽生えさせていた。
それが一過性なのか、生来の性格なのかは、まだよくわからない。

よく、親は子のことがよくわかる、というが、
正直言って、こちらも子育て真っ最中なので、私自身が子供の言動を通して
驚くことが少なくない。

元気がいいので、人前に出るのが好きなタイプかとおもいきや、
意外と人見知りだったり、目立つことが嫌い、といった面を今は見つけて驚いている。

そんな子供の成長を感じながら、1年の経過を比較できる運動会。
女友達や、近所の男の子、アメリカから帰国中の3人家族など、思いがけず
いろんな方が来てくださり、うれしい運動会だった。

とはいえ、いろいろ気疲れもしていたので、
終わってホッとしたーーーー!!
神様、今日も一日守ってくださってありがとうです~。

ドイツ人宣教師・ゴッドホルドベック氏の葬儀

去る日曜の8/29、ゴッドホルドベック氏の葬儀が西軽井沢で13時から行われた。
わが家は夫の運転で前日に現地入りし、当日は朝の礼拝から会場に入った。

4歳の娘は朝も午後も座ったままで辛そうではあったが、
葬儀が始まると、私が持参した子供用品からスケッチブックを出し、絵を描いた。

綺麗な空と緑があって、いい絵だった。
(いつの間に、こんな絵や文字が書けるようになったんだ?!)
と、葬儀の傍ら、親の私は目を見張った。

だが、そんな私も誰かが見たら、
目に見えない神様なんているはずないと言っていた子供が、
いつの間にか信じている!と驚かせているかもしれない。

宣教師ベック氏は、“教師”という肩書がついても、先生と呼ばれることを拒み、
「先生は私じゃないよ。先生は、天のお父様ただ一人だよ」
とよく天を指した。

だから私達は、“ベックさん”といつも親しく呼んだ。

そんなベックさんにサヨナラを言う午後、会場は千数百の人で埋まった。
が、彼にお世話になった人はその何倍もあった。
海外に住む人、離れて暮らす人、その知らせをまだ聞いていない人と
各々の事情があっただろうが、私自身は小学生の頃からお世話になった吉祥寺キリスト集会で、
彼のような人に会えたことは彼以外になく、
そういう人の生き様の最後を、この目で見ることができたのは大変恵まれていた。

葬儀に出席することで、神様の栄光を見、
ベックさんに対する自分の気持ちの整理をつけたい、
と思っていた。

が、そんな私の思いはともかく、
彼の葬儀は、あっさりするほど簡素でシンプルなものだった。
いろんな功績を残した彼の賛辞は殆どなく(仮にあったとしても、私の耳にはその印象が薄かった)、
完璧といっていいほど、葬儀の中心は故人でなく、主イエスキリストだけ、だった。
唯一、遺族でさえも、ベック兄に申し訳ないが、と前置きした上で彼が成した功績のほんの一部を紹介する程度だった。
※申し訳ないが、と前置きしたのは、ベックさんが自分を中心にするのは嫌がるということを知っていたからでる。

終了後、私たちは子供が限界に達していた、ということもあり、
足早に会場をあとにし、温泉につかってから帰ろう、と小諸の湯に立ち寄った。

娘と二人で露天風呂に入りながら、私は葬儀の物足りなさを感じていた。
個人的には、もっとベックさんについての思い出話を聞きたかった。
誰かと抱き合って泣きたい気持ちもあった。
でもそれらすべてが、私には与えられなかった。
それは、ベックさんが「桜子、自己憐憫は主が喜ばないことだよ」とでも言ってるかのようだった。
ベックさんらしい、と強く思った。
葬儀はまさに、ベックさんらしさ満点の葬儀であり、完璧だったのである。

葬儀の中の遺言で、
『私はますます衰え、神様だけが盛んになるように』といったような言葉が紹介された。
彼は自分が目立ちたくないのに、彼の霊が強まるのに比例して周囲が騒いでしまった。
振り返ると可哀想だったけれど、仕方なかったこととも思う。
誰だって太陽みたいな人がいたら近寄りたくなるのは心情である。

そういえば、先ほどの温泉の話に戻ると、
私が娘と露天風呂に入っていると、娘と仲良くなった男の子が突然、
「あ!にじ!」
と空を指した。

私は娘と天を見て、ホントだ〜と言い、
消えていく七色の虹を見つめて、また虹を見た、と思った。
何度かここ一番という時に、空の事象によって慰められてきているが、
この日もまた神様が、消化不良だった私にこれでいいのだ、と慰めてくれているようだった。
ベックさんについて泣くエネルギーを、主に対する熱心さに変えて立ち止まるな、と
言われているようだった。

帰りの高速道路では真っ暗な中に途中、花火が埼玉付近で打ち上がった。
家族3人でその美しさを見、ベックさんの葬儀はこれでおしまい、と幕を閉じた。
神様の栄光を私たちは確かに見たのである。

初めてのバイオリン発表会

vaiolon

4月に行われたバイオリン発表会。わが娘の成長記録。

春、年度初めは職場も忙しい。営業部の決起会が行われる日と娘のバイオリン発表会が重なった。
当然(?)私は子の行事を選び、娘と昼食を急いでとると、初めての会場である久我山会館へ向かった。

午後、予定のリハーサル時間は押していた。前の人の練習が長引いて娘に時間はあまりなかった。
この日、彼女はピアノの先生と初めて顔を合わせ、共に弾いたが、合わないところもあった。
そのため、先生と相談し、ピアノの先生には本番で少し遅めに伴奏をしてもらおうと、大人だけで話し合った。が、それがまずかった。娘はそれを知らなかったし、親が含んで説明すべきだったと後で後悔した。

15時に会がスタートし、トップバッターの娘の課題曲は3曲。

1)ドイツ民謡ーーむすんでひらいて
2)J.S.バッハ作曲ーーメヌエット第1番
3)鈴木鎮一作曲ーーむきゅうどう

親は観客席で聞いてよい、ということだったので、舞台袖から移動しようとしたら行きそびれた。
やむなく、私は司会者のアナウンス終了後に娘の背中を押し、彼女を舞台へ送り出した。
が、そこで再び、私は失敗を犯した。娘のバイオリンを手渡ししてやるのを忘れた。
弓だけを持った彼女はトコトコ中央でお辞儀をした。

小さい子が、「あれ、バイオリン?!」ときょろきょろするのに、観客は微笑ましく笑ってくれたが
私は悪かった、と猛省した。それで始まった演奏は、結局途中でつかえてしまうという事態になった。

娘が突然、弓を止め、ピクリとも動かない。ピアノの先生が娘を覗き込むかのような表情を見せ
私も娘の背中しか見えず、彼女がどうしたのか、全く分からず、ヒヤリと汗をかく。
まだ4歳の子供だ。私の方を振り返って助けるかと思っていたが、彼女はそうしなかった。
しばらくすると、彼女は何事もなかったかのように弓をふたたび動かし始めた。

本番で100%の力を出せるかどうかは、親によるところが少なくない。
ホッとすると同時に、自分の不甲斐なさと申し訳なさでいっぱいになった。
この日はバイオリンの発表会といえど、私がいかにだらしない親であるかと言うことを知り、
本当にごめんなさい、という気持ちでいっぱいになった。

バーベキューでお泊まり

先月の、娘の空想世界の写真。
   

そばで聞いていると、なにやら独り言。
架空の話がさもありそうなストーリーに展開していく。

家に子供がいると、それだけで光が溢れる。

  
 
毎日が平凡でありながらも、眩しい。

 

 

初めてのキャンプ旅行

6月の週末に、千葉・木更津方面まで、友達家族と車で初キャンプへ出かけたときの写真。
  ロッククライミングやったり

キャンプファイヤーもして、
すごく、楽しかった。    

VBS at Daikanyama

 My daughter went to the Vacation Bible School for 5 days at Daikanyama.   

 There’re about 100 children from 12 to 3.This time’s motto was as following.

JESUS SEES

JESUS KNOWS

JESUS SAVES

   
Last day was a presentation day.

After that she played with her friends at Saigoyama park.

It was very nice week.

Thanks God!!

 

夏の工作、専用冷蔵庫

   
 
中央のリボンは私が作ったものだけど、あとは独りで黙々と勝手にボンドを一生懸命塗ったり、硬いダンボールを切っているので何してるかと思いきや、最後におやつのゼリーをいれて、

これ、べべの冷蔵庫!
と言った。

右側に、れいぞおこ、とあった。よくやった!