ざっくりいうと、私はこの3年余、父との考え方の違いに長く悩んでいた。
パーキンソン病と診断された母の、医療と介護の問題である。
介護の話、続きです。
(片づけたい、片づけたい)
私は実家に行くたびに、かさばるタッパーやお皿を一つ、二つと持って帰った。
「そんなことをしても、何にもならない」と夫は言ったが、
私は1ミリでも綺麗にしたかった。
しかしこれもまた、取ると父が気がついた。
次第に私が来ると、父は「勝手に物を持って帰るなよ」と警戒した。
「どうしてお父さんに怒るのですか?」
私は、長い間、実家の問題に悩んでいた。
難病の父が、
難病の母を、
介護サービスなしで、
生活をする。
それは、いつ誰が倒れても全く不思議ではない、限界のある暮らし。
(誰か助けて、誰か助けて…!!!)
「それは家族の問題だから」
ーならば、夫を。
ー夫が父を諭してもダメなら、父の姉を。
ーしかし、それもダメ。ではどうしたらいいの??
母を助けたい。
最終的には父も助けたい
→ これは変なのか?自分がおかしいのか、あらゆる角度から考えたが、自分は正しいと思えた。
しかし、問題は、私がたとえ100%正しかったとしても、
目の前の現実は、そうでない状態が進行していることであり、
そのことでさえも、神の容認なしには実現しえないという、圧倒的事実であった。
だから、大事なことは、私が働くことではなく、神に働いてもらうこと、それだけであった。
「自分でコントロールできないことを排除して、できることに集中するんだ」
スポーツ選手のカール・ルイスも、そう言っていた。
心を堅くして、実家から離れる。
親の運命、母の運命。
どちらか亡くなっても構わない。
他人から親不孝と思われても全く、構わない。
その時が来るなら、それもまた運命
ーーそのように事態を整理し、心を制し、実家に近寄らない。
それでも、人は弱い。
私の身体が、夜ごとに目を覚ます。
私の肉体が、両親を不憫に思い、私を揺り起こすのだった。
もしも、父や、あるいは母が召されたら、その時に私は本当に後悔しないでいられるか?
ーーこれもまた、大いに悩んだことの一つだった。
母の記録ノートの表紙には、私が書いた、紙が貼ってある。
「こちらが自由に手を出していいなら、色んなプランを練れるのに、どこまで手を出していいか、分からない」
次第に、私は父に対し、激しい怒りを燃やすようになっていった。
『実家を救いたい』
そんな身の上を、私は牧師に話した。
すべてのことはあなたがたのためであり、
それは、恵みがますます多くの人々に及んで感謝が満ちあふれ、
神の栄光が現われるようになるためです
Ⅱコリント4:15
聖書に書かれているこの言葉の意味を理解するのは、それから数か月後だった。
▶ 続きは「言いたくない、家族のこと。(7)」へ
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