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silhouette of cross

ニュージーランドのローカルチャーチ

 オークランドで過ごす最後の日曜になった。天気予報ではイースター休暇は曇とあったが、朝日が美しく登り始めている。
 ここで日本との違いをいつも考えるが、カーテンを開くと一面に広がる空がなんといっても圧巻だ。視界を遮るものがない。自然の恵みを全身に浴びて、清々しくなる。私はこの景色を、鬱っぽくなった全ての日本人に見せてあげたい。もしその人が、自然や歩くことが好きなら、海岸を眺め、森林を散歩して、ストレスが飛んでいく。きっと回復できると、心から思う。

 今朝も私たちは朝9時半からローカルチャーチに行く。そこで、今日はニュージーランドの教会について紹介したい。
 
 そもそも、ニュージーランドであろうが、日本であろうが、日本人にとって「教会に行く」というのは、非常にハードルが高い。私の場合は、近所のアメリカ人家族に連れられて小学生で聖書を知った。が、そういう自然な何かがなければ、自発的に教会へ行くのは難儀だ。何か教会には、悩みがある人や弱い人が行く、というイメージがある。でもそうじゃないよ、ということを伝えたい。

thank you signage

なぜクリスチャンが教会へ行くのかと言えば「神様へ一週間の感謝と賛美」をしに行くのだ。

懺悔しに行くわけでも、願い事を叶えにいくのでもない。この点は強調したい。
そして、ニュージーランドに来たなら、ぜひ教会へ行くことをお勧めしたい。(日本でもいいけど…)


 教会へ行ったからと言って、その場所はあなたを包みこむような場所じゃないかもしれない。良い体験ができると保証できない。うちのメンバーであるイギリス人によれば、「どの教会も、うちみたいなところじゃない」と人差し指を立てて、教えてもらった。


 そう、どの教会に行くかで、雰囲気はかなり違う。だから、行く前に、あなたが神を信じる人でなかったとしても、心の中で「神様、どこに行けばいいですか?」と1回でも祈ってから、あなたが足を運ぶ教会を探して見つけ、体験してほしいと思う。


 そこが、あなたの人生を変える可能性は大いにある。だから勇気を出して、行ってみよう!

by桜子

子供クリスマス会ラッシュ

12月金曜夜といえば、かつては私も街に繰り出した。

先週はそんな遠い昔に思いを馳せ、娘のいる保育園へまっしぐらに向かった。
その夜、私たち母子は近所の教会でクリスマスパーティがあった。一度家に帰って着替えようと、私は娘の手をひいて早歩きをしていた。そして同じように、わが子の手をひいて歩く母親らと何度もすれ違った。すれ違う女の子はみな揃ってディズニープリンセスのようなドレスを着ていた。

さすが代官山、パーティには事欠かない。

さて、そんな中、わが家はお地味(?)に教会へ。
うちの子は、近所の外国人向け教会のバイブルクラスが大好きで、毎回心待ちにしており、今夜も近くのお友達が数名来ていて喜んだ。

▪️英語のバイブルクラスとクリスマスパーティー

娘べべは喜々として皆の世話を焼いた。
(なんと、私の仕事仲間S子さんが新橋から去年に続き来てくれて感謝)

そして翌日は吉祥寺の子どもクリスマス会へ。

今年は賛美中心で、ホールに響く子供の声は美しかった。
私が小学生の時に歌った曲が流れていて、世代を超えて私の記憶が娘に引き継がれる瞬間に涙した。(※比喩です)

たまたま、義母も来てくれ、考えたら私の結婚式以来であった。
先生方がイエスキリストご降誕の劇をやったのを見て、「子供の会は、大人のより分かりやすくていい」と母は喜んで、「連れて来てくれてありがとう」と、何度も私にお礼を言ってくれた。

なぜか、途中の出し物でNHK大河ドラマ「真田丸」の寸劇があった。
わが家は観ていないので、いまいちよくわからなかったが、娘べべは翌日NHKのCMを見て「さなだまる~!」と叫んでいた。さすが、子供の吸収力は早い。

あと、意外にもピコ太郎の曲が流れて来たので、集会スタッフのしなやかさにも少し感動した。
こんな時代が、かつてこの吉祥寺にあっただろうか。

あれこれテンコ盛りだったが、どの会も、背後にある、「神様の愛を知ってほしい」というクリスチャンの方々(神様の存在を信じる人)の祈りを感じ、大きな安堵感を覚えた。普段の日常では俗世間にまみれている私でも、神様を信じていることは間違いない。

12月のクリスマスシーズンはこんな風にして天を想い、一日一日と、重荷を降ろしていく気がする。すべての重荷を降ろして、もう心配しなくていいよ、と言われる日の最終日が大晦日のような気さえする。
(※仕事も休みになるし・・・)

でも本当は毎日が私達の大晦日であって、
毎日の心配は不要である。

クリスマスまで、あと一週間。
しばらくこんな暮らしに浸りながら過ごしていきたい。

生後4カ月で人見知り(2)

生後4カ月で人見知り!?の続き。

昨日吉祥寺に行ったとき、教会の赤ちゃん部屋で起こった出来事。

「無事、着いた」と赤ちゃん部屋から、同じく教会に来ているであろう母親に携帯メールを送ったら、母親が心配したのか、教会でのお話の最中だというのに、思いがけず赤ちゃん部屋を尋ねてきてくれた。

 私はまさか来てくれるとは思わなかったから、母が室内に入ってきたとき、その存在に気付かなかった。

 それに対し、床に寝っ転がっていたべべが、その頭上でじーっと母親の侵入を見ていて、頭上を過ぎて、自分の真横で母が「ちゃんと来れたのね~」と言った瞬間、

ウワーン!!!!

と、泣いた、泣いたよ。

母親はそれまでの静かな赤ちゃん部屋にべべの一声が響いたので、ヒィーっと言わんばかりの勢いで、一目散にドアの方へ引き返して行った。

ウケる、ウケるよ。ホントに人見知りしているよ(笑)。
私は声にこそ出さなかったが、内心、大爆笑だった。

人見知り、大変だが、面白い。