「バカヤローっていうのはどういう意味なんだ?」
と、突然、助手席に座っていたピートが
日本語の意味を尋ねてきた。
そのとき、私はアリゾナにいる開放感に充ち溢れ、
日本ではめったに見ることの出来ないサボテン溢れる
フェニックス市の街観を心の底から楽しんでいた。
この家にホームステイに来て以来、
ピートはカタコトの日本語を使っては、よく私に話しかけてくれる。
聞けば、幼少期に日本で数年暮らしたことがあるそうで、
ジョウズ(上手)、アリガトゴザイマス、ベンジョ(便所)などと言っては、
私とのコミュニケーションを楽しんでくれているふうである。
どうやら、今回もその類らしく、突然その日本語を思い出したようだった。
それで、私は窓から目もそらさずに、「まあ、英語のFuck you!(=くそったれ!)
みたいな意味かなあ・・・」と、ぼんやり返事をした。
ところが、その瞬間、運転席にいたアリスが「Oh !!」と言ったかと思うと、
口元を押さえてショックな様子を表したから、ピートと私は飛び上りそうなくらい、驚いた。「え!?なんだって!?」
「私の口からは言えないわ」
「桜子、なんて言ったの!?」
・・・訳を間違えたのだろうか?と逡巡しながらも、映画でよく聞く”Fuck you”が、
彼女をこれほどまでにドギマギさせる意味を含むとは、まったく知らなかった。
妻のアリスが言えなかったことを、私が再び言い放つ勇気などない。
それにしても、そもそも、どうやってピートはこの言葉を覚えたのだろう?
そう聞くと、彼は自慢げに語り始めた。
「10年前、アリスと一緒に日本へ行ったって話、したじゃない?」
うんうん。
「そのとき子供たちが、自転車に乗りながら俺に向かって、『バカヤロー!ガイジン!!』
って、口惜しそうに叫んでたんだよ。(^^)」
車中に一瞬、沈黙が走った。
・・・・ピート、私たちって滅多にバカヤローとかは言わないんだけど・・・。
「いったい日本で何をしでかしたの!?」
私がそういった途端、アリスが吹き出しながら言った。
「あなた、きっと、子供たちに何かやったのね!」
そうだ、そうだ、そうに違いない。
そうでなきゃ、そんな言葉言われないし、覚えないもの。
二人して大笑いしながら、悪戯っ子を叱る目つきをして、ピートを見た。
その瞬間、ピートはすべてに合点がいったらしい。
私たちの目が、彼にバカヤローの意味を伝えていた。
The eyes have one language everywhere.(目は口ほどに物を言う)