女子二人でソファに座り、寛いでいる。突然Aが、Bに真剣な顔を向けて話を切り出した。
A「いや、マジ、これ、ホントのことなんだけど、言っていい?」
B(えっ、突然、何の話?!何かうわさ話?!どきどきどき・・・) 「うん、いいよ」
A「Bといると落ち着く・・・」
B「なんで?」
A「私、ふつう、みんなといると、興奮しちゃって、ワクワクして、わああっって、たまんなくなっ
ちゃうんだよね。(=感情が爆発しちゃうんだよね)だけど、Bといると落ち着くんだよね」
B「ふうん。落ち着かないときは、いつでもおいで。いつでもうちの家にきていいよ」
これ、女子高生の会話に聞こえるけど、小学二年生の会話だ。
まだまだ何も分からない子どもだと思っていたけど、親の知らないところで、いつの間にか、子どもは子どもなりに、この社会を歩み始めている。自分とは何かを考え、自分とは異なる友だちを受け入れる姿を見て、社会を生きることについて考えさせられた。
これから、彼女たちは数えきれない多くと出会う。
残念ながら日本の社会はおせじにも、あたたかいと言えない。
その人が、ただ存在するだけでいいのだ、と実感させてくれる体験をすることは、極めて少ない。
。
この子たちが、これから長い学生生活を送る上で、一人一人がありのままで実は神さまから受け入れられ、愛されている、ということが聖書には書かれている。この事実を知ってもらいたい、と切に思う。