タグ別アーカイブ: 子育て

子育ては忍耐?それとも自分磨き?

先週木曜日に私が拝聴した「乳幼児の育ちのみちすじ講座」で、「子育ては忍耐なのか、それとも自分磨きなのか?」という問いがあった。
それに対する教授からのアンサーは、ママは試されている、ということだった。

世界中のどこにも、一人として同じ子供はいない。
その子供たちに対して、どこまで肯定的に受け止められ、傾聴することができるか、と。

子供の個性というのは不思議だ。
広い世の中で数え切れないほどの人が、一人一人違ってみんないい。
神様がなさった御技は実にすばらしい。

というわけで、東京成徳短期大学の寺田清美教授から伺ったお話を、全国のママへシェアし、自らのために記録する。(この講座は渋谷区民向けの講座で、保育園関係者もいらしていた。私は一歳児の母として拝聴して実によかった。それはこの講座を企画された方自身が「私が育児をしているとき、知っていたらよかった」というご経験に基づくものだったからだと思われる)

子育て革命(1)

今日、うちのべべは穴のあいた絵本を見て、その穴に紐を通した・・・!

それは、しかけ絵本で、紐がついていたわけではなかったのに、
べべは床に落ちていた紐を手にとると、自発的にその穴に糸を通したのだ。

 ←その本がコレ

「えらい!!!」と、私。

赤ちゃんが穴に紐を通せるようになるのは、確かもっと月齢を重ねてからだったような気がする。えらい、えらいよ、べべ!!!

と、手を叩いて褒めた私に、べべはキョトンとしつつも、私の顔を見ると、いいことを言われた意識があるらしく、にこっと笑いながら、自らパチパチパチと拍手した。

そう、大事なのはこれだ。

私が彼女を観察して、話しかけること。
そうすれば、彼女もより一層羽ばたいてゆく。

「子供に教えるなんておこがましい。私たちは、子供の後ろからついていけばいい。独り遊びをしていたら、その様子をじっと見て、折にかなって声をかけることが大事!」と、臨床心理士のM夫人は仰った。

「子育てに大事なのは、まず感性!!!次に運動!」

これは今、私の胸にもっとも響いている、彼女の子育て語録である。
私はこれを心の板に強く書き記し、今も宝物にしている。
ずっとこんな話が聞きたかった、と、思うほどに、昨日は感動した一日だった。

Mさんは、大正、昭和、平成、と子供を見てきて、子育ては天職と仰った、子育て広場あいぽーとに勤める御歳80過ぎの女性である。

昨日べべの身体測定をして頂いた折、たまたま話す機会があって、たくさん彼女は熱っぽく話してくださった。

その話は、私にとって、子育て革命を起こすほどの話で、稲妻に打たれた気がした。
興奮して夜中に夫に話したら、ぜひその話をブログに書いておけ、という。

「書く暇がないよ」
と言ったら、キーワードぐらい書けるだろう、と言う。

というわけで、
今日はまずその中の一つ、Mさんが最近のお母さんは教育や躾、お稽古ごとに熱心なくせに、携帯ばっかり触っていて、子供の心を養っていない、という話を書いておきたいと思う。

Mさんは仰った。

「夜、寝るときに、狭い部屋を暗くして、ぐずる子供をあやして寝かすなんて、とんでもない!あなた、それよりね、子供をおんぶして、外に出て言ってあげなさい。その方が子供がどれだけ楽しむか!

それでね、背中にいる子供に話しかけるの。
『ほ~ら、お月さん、見えるかなあ?黄色いお月さんは綺麗だよねえ~』

そう言って、歌でも歌ってあげなさい。
『ねーんねーん、ころーりーよー おこーろーりーよー』

あのね、こういう歌は心が穏やかでなければ、歌えないでしょう?イライラしていたら、こんな(優しい)声なんか、でない。いい!?そういうふうにして子供が寝かしつけられたら、子供はどう思うと思う!?どれだけ喜ぶと思う!?」

ああ、もっともっと書きたいけれど、そろそろべべが起きるので、今日はここで閉店とする。

月齢4ヵ月~5カ月の赤ちゃんの眠り

 今朝は娘ベベに3時過ぎに起こされて、ベッドから抜け出した。
いつもなら適当にあやして寝かしつけるのを失敗したので、そのままこうしてブログを書くに至っている。

 5時、やっとベビーベッドで眠ってくれたので、その後は寝室に戻って自分がまくりあげたお布団を直し、夫のむきだしになっている冷たい肩に毛布をかけて、そのままでは肩こりが悪化するだろうからと背中に軽く圧をかけてみた。

 というのも、昨夜遅く、夫が帰宅後に私の腱鞘炎になった手をマッサージしてくれたのを夢の中の私は知っていたからである。目を閉じながら気持ちいいなあと思ったが、眠っていたから起きなかったし、ありがとうも言わなかった。

 私はそれを思い出したから、夫にも感謝の気持ちを込めて、同様にしてみたのである。

 そうして、私はベベが産まれた頃を思い出した。

 母になったなあ、と思った最初の瞬間は、この夜の時間だった。

 
 渋谷の家に戻ってきた当時、空気が冷たい冬だった。

 真夜中に目が覚めると、左にいるわが子の安否をまず気遣い、生きているのか確認して、次に寒くはないかとバンザイの恰好をして両手を布団から出している娘の手を握って(たいてい冷たかったので)お布団をかけた。

 そして、今度は反対側にいる夫を見て、はがれているお布団をかけ直し、子と夫の間に挟まれて天井を見上げた。そのとき初めて、お母さんっぽいことしているな、と思って、再び眠りについたものだった。

 
 今日はそんな最初の頃のことを思い出し、なんだか懐かしい気持ちになった。

 最近、娘の成長が目覚ましい。
 
 体重は6.5キロになり、大きくなったと実感することが増えた。

 先日、予防接種で注射されたわが子の皮膚から赤い血がにじんだとき、赤い血に軽く驚いた。
 夫に言ったら当たり前だと苦笑されたが、この子が初めてした便は緑色だった。それがやがて黄色になり、私たちが馴染んでいる便の色にまだなっていない。(※離乳食開始後になるらしい)

 手や足があまりにも小さすぎて、泣くパターンは1~2種類となれば、なにか別な生き物のように感じていた。

 それがここ最近、泣き方はいくつものバリエーションを持つようになり、夫があやせば声を出してケラケラ笑い、おはようとにっこり挨拶すれば、呼応して微笑み返すようになった。
 
 知らない人に会えばじっと相手を見返すし、授乳の最中には時々はっと私の顔を見て、瞳で何かを訴えかけ、私の髪や洋服を掴んでくるようになった。
 
 さらに、昨夜は寝かしつけた後、1時間後に大声で泣き出したので、いつもと違う試みをしてみた。
 ふだんなら即授乳となるところを、これは空腹によるのではない、と判断して、真っ暗な寝室の中で「大丈夫だよ」と声をかけて、一緒のお布団に入って寝てあげた所、安心したのか、静かに眠りに戻った。
(※このときは大人用ベッドに寝かせていた) 

 こんな小さな子でも大人と同じなんだなあ、

と、感動した。

 私たちだって、不安なとき誰かが「大丈夫だよ」と言ってくれたら、その言葉に安らぐし、寂しい時に誰かが寄り添ってくれるとホッとする。

 知り合いが言っていたが、赤ちゃんでも悪夢は見るらしい。

 いままでのように空腹から泣き声をあげるのではなく、何か不安な思いから叫び声をあげるわが子に成長の兆しを見て、これから先の年月に思いを馳せる。
 
 この先、何度も何度も、大丈夫だよ、とわが子に言い続けていくのは間違いないのである。

  私も強くなっていきたいものである。

☆追伸:ひよこクラブ今月号にベベと二人、別冊に載りました。
その名もずばり「赤ちゃんがスーッと眠る神テク100」(笑)

 どうでもいいのですが、私、最年長でした。撮影中、他のお母さん方をみて、どう見ても私が最年長だよね、と思っていたのですが案の定、そうでした・・・w

南青山・子育てひろば「あいぽーと」

午前11時、友人の住む南青山へ物を渡しに出かけた。
初めてベビーカーを押して往復1時間半(片道50分)の外出にチャレンジすることにした。
どこまで出来るか不安だ、と夫に言ったら、いざとなったら車で帰ってこい、というので、そりゃそうだ、とドキドキしながら出かけてみた。

今日はさっと行って、さっと帰ってこよう。
私はベビーカーを力強く押して、早歩きをした。
べべは長時間持たないし、天気予報は午後から雨だった。

ところが友人宅に着く頃になると、べべが大声で泣きだし、玄関先で失礼するつもりが、あがらせていただくことになった。もっとも友人は最初から家に入れてくれるつもりだったらしく、快く私を家に招いてくれ、三歳児がべべを抱っこして再会を喜んでくれた。

そして「田中桜子ちゃん、一緒にお昼ご飯を〝あいぽーと〟で食べようよ。」と誘ってくれ、「一人で食べるの寂しいよ」と言うので可笑しくなった。結局、三歳児の誘いを断ることが出来ず、近くで買ったお弁当を青山の子育てひろば「あいぽーと」(※初回の利用費1000円/年)で食べることになった。外苑前にも子供はたくさんいるのである。

しかし、第2子でもない限り、べべのような幼子はいなかった。

赤ちゃん部屋があるというので、べべを寝かせた。

子供たちがべべを見て、赤ちゃんだといって群がってきた。

三歳児のお弁当、昼食タイム。
私もいつかべべに作るのね。

友人がべべをあやしてくれたので、その間にお弁当をかき込んだ。
この子が産まれてから、平日はゆっくり食事が出来ない。
お弁当のカロリーは高そうだったが、揚げ物の衣を外す余裕もなく、何でもいいや、と思って、早く食べた。インフルエンザがちょっと心配だったのである。

そして、べべのオムツを替え、授乳をして、南青山のママさんたちにさよならをした。
南青山のママさんたちは、友人の友なので、私にも大変フレンドリーだった。
彼女たちはべべから癒されると言い、口々に抱っこさせてくれ、と言うので、喜んでべべを渡した。(私の両手はもうかなり酷い腱鞘炎で、食器を洗っても痛い。)
そして、べべが歩き始める前にいつでも来てくれ、良かったら明日でも、今週中でも、と言った。(1歳児のママたちが言うには、歩行前の状態が愛しいそうだ)

帰り道、表参道のナチュラルハウスと紀伊国屋に寄り道したせいで、時間がかかり、べべは泣きだしてしまった。道行く人が振り返るほど泣くので、私もかわいそうになり、ベビーカーを隅に止めてべべを抱き上げ、予備で持っていた抱っこ紐(アプリカのコラン)を装着して抱っこした。
しばらくするとべべが眠るので、そっとベビーカーに戻したら、またしばらくして泣いた。
私はまた抱き上げて、観念して抱っこ紐に乗せ、ベビーカーを押しながら渋谷の坂道を上った。

家に着く頃には息も絶え絶えだった。
ハア、ハア・・・ああ、これで今日が終わったよ・・・とお茶を飲んで一息ついたところで、用事を一つ忘れていたことを思い出した。

最後の力を振り絞って、今度は抱っこ紐だけつけて近所のクリーニング屋さんへ出かけた。
クリーニング屋さんのおばさんは、ママコートに包まれたべべを見て、「あ、寝てる」と言った。

そう、寝てます、さっきまでぐずってましたが・・・。

と言ったら、「今度抱っこさせてくださいね」と仰った。そして、帰り際、「いつでも来てくださいね。話したくなったら寄ってくださいね」と言うので、私が、え!?という顔をしたら、「ほら、お母さんって下手すると誰とも話さない日もあるでしょ。だから、来てください。抱っこしますよ」と言われた。

私は外見上は疲れ切った姿をしていなかったと思う。たぶん一般論で、その女店員は仰ってくださった(と信じたい)。その親切心に、すごくうれしくなった。

そして、気分が良くなったので、スーパーによって少し雑貨品を買い足したら、レジのお姉さんが、ベビー連れだと気づいて袋につめてくれた。

マンションに戻ってきたら、遠くで「田中さん」と声がして、見ると、以前お風呂屋さんでバッタリ会った、1歳児のお母さんがベビーカーとともに立っていた。
そして、べべを見てニコニコ笑ってくれた。

 友人と言い、南青山のママさんと言い、クリーニング家さんと言い、スーパーの店員と言い、マンションの住人ママと言い、周囲の触れ合いや、べべを通して知る親切心には、つくづくありがたいものがある。62654.gif

 こうして新米ママは成長し、育まれていくのである。

子供への躾~いかに育てるか?

今日べべを連れて実家に預けたら、べべがぐずった。
今まで飲んでいた粉ミルクを一切飲まず、眠りもしないで激しく泣いているそうで、
初めて実母からSOSの連絡が来た。

電話口からはべべの泣く声がする。
母乳でないとダメなのでは?と母がいうので、
私は予定をキャンセルし、慌てて家に戻った。

母は言った。
「こんなんじゃ、この子、預かれないわ」

その数時間前には、こんなようなことを言われた。
「泣いたらすぐおっぱいなんてあげていたら、この子ワガママになるわよ」

その是非はともかくとして、これらの言葉は私に、
「子育て」を考えるきっかけを与えた。


うちの子、
どうやって育てればいいだろう?

どんな風に育てれば、
真っ当で、健全な、
皆に愛される子に育つのだろう?


いや、子は親の鑑、というから、
所詮母親が私では将来が知れている。

そもそも私は妊娠するまで母親になる心構えも知識も皆無だったから、
赤子とどう接したらいいか、毎日手探りで歩んでいる。

だったら、保育園に預けようか?

わが家は手元で育てる方針だったが、私は日中一人である。
0歳保育にいれれば、彼女は規則正しい生活を送り、マナーも学ぶ。
そこである程度の教育を施して頂き、専門家の力を借りるほうが、
未熟な私も保育士さんとのネットワークができるし、
彼女も私といるより、ずっと利口になる可能性が高いだろう。

しかし、聖書はなんといっているのだろう?
「子育て 聖書」でググったら、
なんと知り合いが喋っている内容が一番上に出てきてビックリした。

「聖書に学ぶ子育て」

結局、授乳だとか、2ヵ月児への躾や保育園について、
という細かいことは書かれていなかった。

そこらへんは夫とよくよく相談して、
祈って決めるしかないのだろう。

なるほど、今どき保育園に入れるお母さんが多いのは、
必ずしも自身のキャリア事情だけではないのだろうな、と推察する。