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ドイツ人宣教師・ゴッドホルドベック氏の葬儀

去る日曜の8/29、ゴッドホルドベック氏の葬儀が西軽井沢で13時から行われた。
わが家は夫の運転で前日に現地入りし、当日は朝の礼拝から会場に入った。

4歳の娘は朝も午後も座ったままで辛そうではあったが、
葬儀が始まると、私が持参した子供用品からスケッチブックを出し、絵を描いた。

綺麗な空と緑があって、いい絵だった。
(いつの間に、こんな絵や文字が書けるようになったんだ?!)
と、葬儀の傍ら、親の私は目を見張った。

だが、そんな私も誰かが見たら、
目に見えない神様なんているはずないと言っていた子供が、
いつの間にか信じている!と驚かせているかもしれない。

宣教師ベック氏は、“教師”という肩書がついても、先生と呼ばれることを拒み、
「先生は私じゃないよ。先生は、天のお父様ただ一人だよ」
とよく天を指した。

だから私達は、“ベックさん”といつも親しく呼んだ。

そんなベックさんにサヨナラを言う午後、会場は千数百の人で埋まった。
が、彼にお世話になった人はその何倍もあった。
海外に住む人、離れて暮らす人、その知らせをまだ聞いていない人と
各々の事情があっただろうが、私自身は小学生の頃からお世話になった吉祥寺キリスト集会で、
彼のような人に会えたことは彼以外になく、
そういう人の生き様の最後を、この目で見ることができたのは大変恵まれていた。

葬儀に出席することで、神様の栄光を見、
ベックさんに対する自分の気持ちの整理をつけたい、
と思っていた。

が、そんな私の思いはともかく、
彼の葬儀は、あっさりするほど簡素でシンプルなものだった。
いろんな功績を残した彼の賛辞は殆どなく(仮にあったとしても、私の耳にはその印象が薄かった)、
完璧といっていいほど、葬儀の中心は故人でなく、主イエスキリストだけ、だった。
唯一、遺族でさえも、ベック兄に申し訳ないが、と前置きした上で彼が成した功績のほんの一部を紹介する程度だった。
※申し訳ないが、と前置きしたのは、ベックさんが自分を中心にするのは嫌がるということを知っていたからでる。

終了後、私たちは子供が限界に達していた、ということもあり、
足早に会場をあとにし、温泉につかってから帰ろう、と小諸の湯に立ち寄った。

娘と二人で露天風呂に入りながら、私は葬儀の物足りなさを感じていた。
個人的には、もっとベックさんについての思い出話を聞きたかった。
誰かと抱き合って泣きたい気持ちもあった。
でもそれらすべてが、私には与えられなかった。
それは、ベックさんが「桜子、自己憐憫は主が喜ばないことだよ」とでも言ってるかのようだった。
ベックさんらしい、と強く思った。
葬儀はまさに、ベックさんらしさ満点の葬儀であり、完璧だったのである。

葬儀の中の遺言で、
『私はますます衰え、神様だけが盛んになるように』といったような言葉が紹介された。
彼は自分が目立ちたくないのに、彼の霊が強まるのに比例して周囲が騒いでしまった。
振り返ると可哀想だったけれど、仕方なかったこととも思う。
誰だって太陽みたいな人がいたら近寄りたくなるのは心情である。

そういえば、先ほどの温泉の話に戻ると、
私が娘と露天風呂に入っていると、娘と仲良くなった男の子が突然、
「あ!にじ!」
と空を指した。

私は娘と天を見て、ホントだ〜と言い、
消えていく七色の虹を見つめて、また虹を見た、と思った。
何度かここ一番という時に、空の事象によって慰められてきているが、
この日もまた神様が、消化不良だった私にこれでいいのだ、と慰めてくれているようだった。
ベックさんについて泣くエネルギーを、主に対する熱心さに変えて立ち止まるな、と
言われているようだった。

帰りの高速道路では真っ暗な中に途中、花火が埼玉付近で打ち上がった。
家族3人でその美しさを見、ベックさんの葬儀はこれでおしまい、と幕を閉じた。
神様の栄光を私たちは確かに見たのである。


宣教師ゴッドホルドベック氏を悼んで

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昨夜こどもを寝つかせると、いつもなら一緒に眠ってしまう私が、この日は珍しく携帯のメールを見た。見ると、“宣教師のゴッドホルドベック氏昇天”の知らせがきていた。

前から体調が悪いと聞いていたが、
不屈の精神を持つベック氏は、80を過ぎても病の床から幾度となく復活されていた。
だが今回はもう二度と会えない存在になってしまった。

私はベック氏の熱烈なファンではなく、ベック氏を通してイエスキリストを信じるようになった、ただの一般信徒だ。だから、いつかこんな日が来ても平静でいられると覚悟していたはずが、喉をかきむしられるような悔恨の念に襲われた。

なぜだろうか。

彼を見て、多くの日本人が聖書を通してイエスキリストを信じ、その信仰生活を教わった。その数、何千いや何万人と思われるが、彼のような、神様の香りを放つような人物にはもう一生涯出会えないと確信に似た思いがすると、悲しみが波のように押し寄せてくるのである。

最後に話したのはいつだったろう。もっと話したらよかった。
いや?大勢の悩める人のために東奔西走していた方だったから、話すことは難しかった。

では私は何を悔やんでいるのだろう。
もっと彼の背中についていけば良かった、という思いだろうか。

ふだんめったに話さないから、といって、話さないでいることと、
話せない、というのには、同じ現象でも大きな隔たりがある。
ベックさんはもういないのだ。

夜中に目が覚めて、涙が初めて出た。
私はショックを受けていた。
携帯のメールをみたら、NYの日米合同教会にいる親友からメッセージが来ていた。

残された私達には大きな試練ですね。
日本にとっては国家的な損出です。
召されてベックさんはこれからもっともっと有名になっていくでしょう。
彼を日本に送ってくれた神様に感謝しましょう

と書いてあった。
本当にその通りである。

死は終わりではない。
人は病では死なない。

神様の時に召されると何度も言っていたベックさんの言葉は、何年か前のドイツインタビュー
でも繰り返しおっしゃっていた。

あなたがたのうちだれが、心配したからといって、自分のいのちを少しでも延ばすことができますか。
(マタイの福音書 6章27節)

だから、あすのための心配は無用です。あすのことはあすが心配します。労苦はその日、その日に十分あります。
(マタイの福音書 6章34節)

わがたましいよ。主をほめたたえよ。主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。
(詩篇 103章2節)

葬儀は8月28日13時から西軽井沢にて行われる。