Summer Bible Days in 2017(神様はいる)

ブログを書く暇がまったくない。
それをやるなら家事をやろう。
それをやる時間があるなら子供に絵本を読もう、原稿を書こう、と優先事項は無数にあり、最近ブログから遠ざかっている。

だが、先週末に出かけた西軽井沢子供キャンプで、ふだん話さない人から「時々ブログを読んでますよ」と声をかけられた。
なんだ、読んでいる人がいる。じゃあ、もう少し書こうかなと思っていたら、今日、素晴らしいことがあった。
これは神様が、書いておきなさいよ、と言ってる気がするので、子供を寝つかせられたこともあって記すことにする。

今日あったグッドニュースは2つだ。

1つは、前から顔見知りだった女性(クリスチャンママ)と、たまたまお昼が一緒になり、なんとなく二人でゆっくり話してみたら、彼女が母親に虐待されて育った人だったことが判明し、(そう見えないほど明るい外見で私は涙ぐみそうになった)母親を赦せない、愛せないという長年の重荷から解放されて、「ママ大好きだよ」と言えたニュースだ。

「誰かに話すのは今日が初めて」と彼女は興奮して言った。いの一番に、こんな私が素晴らしい話を聞かせてもらい、私は主を賛美した。“なんだか選ばれし者”という気持ちにさせてもらえた感覚は久しぶりだった。コーリーテンブーム(ナチ収容に入れられた女性)が(自分の姉を殺した)兵士を赦した場面と同じだと思い、心が震えた。
まるで、一本の映画を見たようで、気づけば2時間余りが過ぎていた。

(※私は今週、夏休み)

もう1つは、そのあとだ。彼女と別れた私は、解散場所からほど近い、中目黒の東急ストアまで買い物へ行った。普段めったに行かない場所である。エレベーターで、ベビーカーを押した女性と乗り合わせた。彼女と私が同じフロアで降りたとき、彼女が何か短い言葉を発した瞬間、“あっ、(この人)外国の人だな”と思うや否や、何かが私の脳裏で働きだし、この人のこと、私は知っているんじゃないかという気持ちになり、先ほど聞いた証と絡まって神様に偶然はない、と背中を押され、私は思い切って聞いてみることにした。

「もしかして……ミッシェルさん?!」

バカは承知で、直観にかけてみた。私はミッシェルさんに昔一度会ったことはあるが、顔は忘れていた。でも、ベビーカーに男の子がいる。この子、何か月ぐらいかな……。見つめていたら、結果はビンゴだった。

ミッシェルさんは、私のことよくわかったね、と私が記憶によって彼女を判別できたと感じたようだった。だが、まったく違う。
私は、数か月前にミッシェルさんの義理の両親と交流が生まれるようになり、彼女の話を聞いていた。中目黒に住んでいる息子さん夫婦がいて、国際結婚し出産したから、身近なママ友がいないこと。一緒にミッシェルさんのことを祈りながら、何か、私でお役に立てることがあればいいな、と思っていた。

私はミッシェルさんに、あなたは神様に愛されているよ、と叫びたくなったが、英語ということもあり、ちょっと言えなかった。でもこの偶然はすごい。しかし、神様から見たら、これは必然だった。

主は生きている。