初めてのロンドン

 イギリスで何をしたい?とFacebookでキティにしばしば聞かれたけれど、私には何のアイデアもなかった。それでたまたまM氏に相談したら、彼はそう答えた。
 それが何の因果か、私はロンドン三越へ足を運ぶことになった。なりゆきは、こうだった。

 キティと再会した後、ホテルへ向かい、部屋に着くなり彼女が言った。

 「桜子、日本が恋しい?ロンドンにジャパンセンターがあるよ。行きたい?」

 一瞬耳を疑った。
 
 「え!?ぜんっぜん、行きたくないよ。私、日本人だから。それに今日イギリスに着いたばかりでしょ!?」

 と、驚き笑いをしたら、キティも笑った。---それが、初日。

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<これまでのあらすじ>
約1週間の英国旅行をすることになったイギリス人キティと私。9年前、彼女と私の間にいる友の結婚式を通じて私たちは知り合ったが、その後何の音沙汰もなかった。それが、突如、再会することになった。
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「僕だったら、ハロッズ本店を見に行きたいですね」

と、三越のM氏は言った。2日目。ロンドン観光へ出かけようと身支度を整えていたら、彼女が2度目の出会いとは思えないお願いをしてきた。

 「桜子、ちょっと、抜いてくれない?」

 彼女が指差すそれは、白髪だった。後頭部に白髪があるのが嫌だ、自分ではとれないから抜いてくれ、と言う。

 私は日本でも友達に白髪を抜いてくれ、と頼まれたことはない。これは私が知人から友達へと昇格した証だろうか?と思いつつ (後日、彼女は30歳と判明。ちなみに私にまだ白髪はなし)

 「そりゃそうだよね、後頭部に目はないもん。」と言って、彼女の頭を押さえ、痛くないように根元をつまんで丁寧に白髪を抜いた。1本抜き、2本抜き、3本目を指差すので、それも抜いた。それで終わった、と思ったら、今度は私にピンセットを手渡してきて、もっと取ってくれ、と言う。

 「ねえ、キティ、ぜんぜん、目立たないし、大丈夫だよ」

 それに、そんなに抜いたら禿げちゃうよ、と言いたかったが、”禿げ”の英単語が出てこなかったので、それは控えた。
 
 それでも彼女が一生懸命、手鏡で後ろの髪を照らして白髪を捜すので、私はそれに付き合った。

 このとき思った。
 事前にロンドン観光ブックを読んでおかなくて良かった、と。

 出発前にガイドブックを幾つか入手したが、読む気にならなかった。それはこのときのためだったんだね!と、神様に感謝の念すら覚えた。

 もし読んでいたらイライラしたに違いない。初めてのイギリス、普通の日本人なら早起きして、外へ飛び出すはずである。

 しかし、私には何の意志もなかったから、彼女の白髪を穏かに見つめていた。時計を見たら、針は既に11時を刺していた。

 
 --外出。天気は素晴らしく良かった。

 2階建ての赤い観光バス(※25ポンド払うと一日中バスに乗り放題かつ、乗降自由という観光サービス)に飛び乗った。バスがぐるぐる市内を廻る中、色んな国の観光客が乗降するが、私たちだけずーっと座り続けていた。

 「ねえ、キティ、私たち、いつまでずっとこうしているのかしら?」といったら、彼女が笑い出だした。私はもはや落ちる(寝る)寸前だったのである。
 
 ロンドンブリッジやバッキンガム宮殿の兵隊など、遠くから眺めるのではなく、降りて直接見たかったのだが、キティの考えは、ともかく一度ぐるりとバスで一周してから、二度目に廻り始めた時にどこかで降りよう、というものであった。

 それはあまり良い考えだと思えなかったが、彼女はイギリス人であり従うべきだ、と判断した。だが、結論から言うと、私は見たかったものはおろか、バス一周すら出来なかったのである。

 というのも、途中でお手洗いにいきたくなって途中下車したところで、ジャパンセンターをせがまれ、ついでに隣にあった三越に、「あ、三越だ!」と私が叫んだ故に、キティをロンドン三越へ連れて行く羽目になった。(彼女はジャパンセンターの隣にあるそれが日本の百貨店だとは知らなかった)
 また、ランチはバスで食べようと言う私に、公園で食べよう、と彼女が言うので結局それに付き合った。

 その日、私が強く頭に残ったのは、ジャパンセンターと三越と公園だけであった。
買い物も、ハガキ10枚とロンドンバス型のポーチ1個しか買えず、こんな観光は初めてであった。

 明日は移動である。これでロンドン観光はおしまいだ。
が、まあ、それもいいや、と思った。 

(つづく)