夏の風物詩といえば甲子園。真夏の炎天下、大勢の観客で溢れる応援スタンドに、試合開始のサイレンが鳴り響く。毎年、この瞬間を心待ちにしている人も多いであろう国民的行事の歴史は、第一次大戦の翌年(1915年)に大阪豊中球場にて全国中等学校優勝野球大会(大阪朝日新聞社主催、現在の全国夏の高校野球)の幕を開けた。羽織袴姿で帽子を被った当時の朝日新聞村山社長が、マウンドへ処女球を投じたのがその始まりだ。
2008年の今夏は第90回全国高校野球選手権記念大会を迎えた。主催する朝日新聞のデジタル部門の高校野球プロデューサーに、高校野球の魅力とネットならではの取り組みについて話を伺った。
Mr.Keisuke Sumaki
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★洲巻圭介氏のプロフィール(Keisuke Sumaki)
1974年生まれ。明治大学政治経済学部卒業後、1996年日本出版販売株式会社に入社。株式会社ブッキング、楽天ブックス株式会社の設立など新規事業の立ち上げに携わり、2001年に朝日新聞社に移る。主にニュースサイト アサヒ・コムにおけるスポーツコンテンツの編集・企画を担当。
★桜子が勝手に選ぶ、洲巻圭介語録
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■高校野球の始まりとasahi.comにおける高校野球の位置づけ
大正4(1915)年、人気が先行していた学生野球界で、教育とアマチュアリズムを土台にした考え方の全国大会を創設しようとしたのが当時の社主だった。その頃は勝者には高価な景品を贈るのが一般的慣習だったが、 これは教育的でない。そういう大会にしてはいけない。優勝校にはその代わり日本一の旗を出そうと言う社主の発案で優勝旗が京都で作られた。
桜子:朝日新聞社のニュースサイト『asahi.com』開設が95年。
高校野球の配信を始めたのはいつから?
洲巻:高校野球の報道自体は当初からやっていました。
ただ地方大会の速報を配信し始めたのは2000年です
ブログやSNSが普及した昨今では、ネットでローカルニュースがすぐ読めるのは当然だが、2000年当時は今と事情が違う。中央集権型の編集システムで新聞を作っていた朝日新聞社にとってネットによる情報発信はともかく地域発信は革新的な出来事だった。システムを開発し、マニュアルを完備して、運用に乗せるのに1年かかった。人手不足の地方支局に、ネットの情報発信という新たな作業負荷を加えるのは簡単ではなかったが、それがネットによる地域発信「マイタウンasahi.com」の仕組みとなり、現在の高校野球地方大会速報のネット配信の原型となった。
洲巻:現在では全国の総局の協力を得て、地方大会の試合結果をほぼリアルタイムに
集めて配信しています。
また全国大会では打者成績だけでなく、投手一球ごとの配球情報がわかる
一球速報というサービスを数年前から導入しています。
地方大会に参加する学校は約4100(6月中旬現在)。
うち1校につき少なくとも9人以上の球児と計算すれば参加者だけで約4万人、さらに父兄や学校関係者、OB等を含めれば、関係者の数は何万人にも膨れ上がる。
洲巻:誰もが甲子園を目指しつつも、全国にはその県なりの甲子園のような舞台があり、
そこで試合したいという場所が目標だったり、チームや人によって憧れの舞台が
違うんです。asahi.comではそうした舞台から盛り上がっている高校野球を報道
していきたいですね
出場校の状況はさまざまだ。選手全員を集めるのがやっとの学校もあるし、ドラフト指名を狙う選手を抱え優勝を目指すチームもある。野球に対する取り組み方もそれぞれだ。参加校の半分は1回戦で敗れるが、勝ち残った人だけにドラマがあるのではなく、負けても携わった人々にはその人なりのドラマがそこに生まれている。asahi.comでは、それぞれの局面での高校野球の魅力を余すところなく伝えていきたいと考える。では、どのような取り組みがあるのか。
■甲子園大会より、地方大会を求める高校野球ファン
桜子:実は地方大会の方がアクセスが多い、と聞きました
洲巻:そうなんですよ。
高校野球は、オリンピックやワールドカップと比べれば大イベントではない。
しかし、同時多発的に1日で500程の試合が地方で行なわれる。
全国大会よりネットへのアクセスやページビューが多いんです。
地方大会ではテレビが全試合中継するわけではないし、結果をすぐに知りたい
高校野球ファンはasahi.comでどんな高校が勝ち抜いているかをチェックしている。
各地方それぞれで注目の試合というのがあり、
全員が一つの試合に注目していないにせよ、非常にインターネット的といいますか、
分散的な行ないが集積して見られていることは非常に面白いですね
「地方大会ではテレビが全試合を中継するわけではないので、高校野球ファンはasahi.comで、どの高校が勝ち抜いているかをチェックしています」
桜子:そうすると色々やってみたい試みがある?
洲巻:色んな情報が関連付けられて見られたらいいなと。
スコアの裏にある地域情報などの提供ですね。
伝統ある学校同士がぶつかった、地元では事実上の決勝戦だ、など
昔からやっていることだから伝統と歴史や地域といったものと照らし合わせたい。
単にスコアを載せればいいというだけではなくて、本来そういう細かいことまで
配慮していきたいと思いますね
■高校野球報道におけるインターネットの強さと魅力
洲巻:言ってみれば単なる高校生の部活。
ですが、90年という長い歴史を持ち、全国に熱狂的なファンが大量にいる。
結局、面白さ自体は甲子園というよりも地方大会が行なわれる都道府県や
地域自体にあって、地域コミュニティとのつながりは他のスポーツより強いんです。
例えばラグビーやサッカーなどの選手権型イベントは、毎年出場校がほぼ限られて
いるなど、長い歴史の中でそれほど顔ぶれは変わらない。
一方高校野球は、何年も連続出場する学校もありますが、選抜される32校は
前年と重ならないことが多い。
うまい具合に全国各地の戦力が分散し、分散しているゆえに今年はどうなんだろう
と興味がわきやすい。
いわゆるスポーツファンでなくても母校の評判がいいと応援したくなるんですね。
今年は各学校への応援が書ける 応援メッセージというCGMのコメント投稿ツールを6月に提供、さらに過去にあった名勝負の記憶をインターネット上に表現してもらう 思い出甲子園を試みた。
洲巻:それほど大きく告知していないんですが結構アクセスがある。
年代や性別によって内容が異なり、そういう意味ではこのコンテンツに
ニーズがあるんだなと思いました
このほか「マイ高校アクセス」では、気になる学校さえ登録すれば結果が常にわかるという現在人気のサービスがある。
■無敵の高校野球データベースとは?
これらは昨年着手し、今年完成された高校野球のデータベースに紐づいているという。高校野球の主催は朝日新聞社だ。だが、報道は他紙でもされる。他社に負けない核となるものは何か、そこで高校野球のデータベースが整備され、今年から本格的に始動する。
「もともと高校野球を見るのが好きで、インターネットがない頃は紙面で地方大会を見るのが楽しみだったんです」
洲巻:もともと高校野球を見るのが好きで、インターネットがない頃は
紙面で地方大会を見るのが楽しみだったんです。
新聞のスポーツ面を開いて、北海道から沖縄までの情報を1時間位かけて見て、
頭の中のデータベースに入れていく。
自分のポイントになる学校が幾つかあって、最近では学校をわざわざ見に行くんです
桜子:え!? なぜ?
洲巻:どんな場所にあって、どこで練習をしているのかとか思うんですよね(笑)。
桜子:へーっ、すごい。
洲巻:例えば、新聞に対戦校A校が載るけど、読者は学校名しか分からない。
去年のA校はどうだったのかその場ではわからない、という状況を何とかしたいなと
僕自身思い、昨年データベース化したんです。
少なくとも今地方大会に出ている学校が、過去甲子園に出た履歴があれば、
学校別の静的ページが出てくる。
長い歴史の中で学校名が変わることもあるから難しい作業もあるんですが
なにしろ第1回目の情報を知る人も少ない中、なかなか手がつけられなかった。
それが遂に整備されたわけである。
■スポーツデータのコンテンツとしてのポテンシャル
洲巻:頑張ればデータベースって誰でも作れると思うんですけど、
そこに価値があるのではなくて90年継続した老舗の暖簾の重さというか、
それを利用しつつ、新しい見せ方を出来るのが面白いなと思いますね。
情報ソース自体は変わっていないのに、情報の切り取り方を、
その人なりにすることを推進しています
桜子:データの入力は誰が担うんですか?
洲巻:今の地方大会は全国の朝日新聞総局が行なっていますね
桜子:ずいぶん投資も必要だったのでは?
洲巻:そうですね、ビジネス=利益ということではなく、我々の場合は
「社業」としての位置づけもあります。
朝日新聞社のために、というのではなく、高校野球全体として考えれば、
結果的に出来て良かったと思うんですね。
年史など本を読むしか紐解けなかったものが、デジタルの力を使って効率良く、
自分の興味あることや地域または時系列という切り口の中で情報を切り出せる。
それが面白いし、今後我々が高校野球報道で行なっていく情報と情報、情報と
ネット利用者のマッチングのさせ方だと思うんです
かつて自身が新聞を見て、頭の中で過去の情報と最新情報をマッチングさせて試合を楽しんだように、ネット利用者に対しても、学校に紐づいた情報を提供し、利便性を高めたい。周辺情報が集まれば集まるほど、エンターテインメント性は高まるだろう。
洲巻:インターネットは情報をグローバルにするパワーを持っています。昔から、
ちょっとした工夫で大きな力を生み出す仕組みを構築するのが好きなんですね。
てこの原理みたいに、不便なことをちょっと何か工夫すると便利になるとか
高校野球の地方大会はまだまだ未開拓の部分がたくさんあるという。
アナログの塊をどう味付けし、その面白さを世の中に伝えていくか。
この歴史ある情報ソースのデータベースは、今後の高校野球をより一層支えていく貴重な核となるであろう。
「現在、仕事ではやりたいことをやれている環境。ネットや携帯の利点を生かし、高校野球をもっと面白くしていきたい」洲巻氏は語った。