介護の話、続きです。
「どうしてこうなったのか?」
父には、父の物語がある。彼なりの考えがあったとは思う。
だから、読者の方には、少し差し引いて読んでいただけたら、と思う。
家族の問題は、外から見えるほど単純ではない。
だが、私は苦しかった。
私しか、この惨状を知らない。
命を預かっているような責任が重く肩にのしかかったた。
母の生活が下降線をたどるのは、最初から分かっていた。
いつか、父や母のどちらかが亡くなると、この惨事は終わるのか。
それまで見ているだけしか、出来ないのか。
私は神に祈っていたが、落ちていく親を傍観するのが自分の仕事とは、とても思えなかった。
数年が経過して、私は次第に、一つの答えにたどり着いた。
親子の間にある「境界線」
人はそれぞれ、自分自身の重荷を負うべきである。
(ガラテヤ人への手紙 6:5)
ひとりひとりが重荷を背負い、生きている。
そして、母と父は、二人で一つ。
「だから、二人はもはや別々ではなく、一体である。
従って、神が結び合わせてくださったものを、人は離してはならない。」
(マタイによる福音書 19:6 新共同訳)
聖書に照らし合わせると、母をどうしようが、父の自由。
そして、病の母もまた、彼と結婚した責務があった。
二人のどちらかが、「助けて」と言ってこない限り、家族と言えども手出しが出来ない。
そのような答えを見出し、静観する覚悟が出来たのは、去年のことだったのか。
いや、一昨年であったろうか。
何度も離れては、過去、私はあらゆる方法を試みていた。
・行政、ケアマネージャー、親戚、クリスチャン
誰を介せば、母を助けられるのか。書籍も読んだ。
だが、どれもうまくいかなかった。
わが家に関わる人は誰もいなかった。
「家族の問題だから」
皆、口々にそう言った。
もし私が単身だったら?そう思うとゾッとした。
神の狙いは何か?父はなぜ、こんな暮らしを続けるのか。
母を愛しているのはよく分かる。
だが、父は母が第一と言いながら、仕事を辞めず、母を一人にする。
この人は一体どういう人なんだろう…。
ーー私は初めて、父親を一人の人間として捉え、考え直し始めていた。
そして、冒頭に戻る。
境界線ーー可哀相でも、二人の歩む道を、私はただ、黙って祈るしかないと思わされていた。
つかず離れずで、遠くから見守る
夫に、何度もそういわれた。
だが、この、距離を保つことが、私の場合、とてもとても難しかった。
父がどれくらい「助けて」と言わないか、については、慶應の医者が<下記で>証言した通りである。
2年が過ぎ、初めて父が母を別の病院へ連れて行った。
診断された名前が違った。パーキンソン病と言われていた母は、
「パーキンソン病とレビー小体型認知症の合併症」
これまでと違う薬が処方された。
▶ 続きは「言いたくない、家族のこと。(3)」へ
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by桜子