とうとう今月でこのシリーズも終わりを迎えました。(過去のインタビューリストはこちら)
下記のインタビュー記事は、ビジネスの話をした後のトークのため、
もしまだそちらを読んでいない方は最初にココを読んでいただくと分かりやすいです。(但しそうすると全体量が多いので覚悟してください。。。)
米カルフォルニア州・ピクセラの井手社長。
桜子 :先ほど10代にいろいろな経験や世界を変えていかないとダメだと
仰いましたが?
井手氏:そう思わない?
桜子 :ご自身的には「10代の頃経験したから今の価値観があるよな」
というのがあるんですか。
井手氏:僕は幼稚園の5歳から高校を出るまで熊本県の人吉市で育った
んです。すごく自然が豊かなところで、今の子供たちはどうか
わからないけれども、小学校の頃は道が舗装もしてなくて、馬車が
走って馬が糞をポトポト落としていくという時代だったんですよ。
そういう所で学校から帰って川に行って魚釣りをするとか、動物も
ほとんどの動物を飼ってたよね。鶏からウサギから普通のペット
みたいにカメや蛇やカエルなどに毎日接して、自然の中から。
僕は理科が好きだったから、科学が好きで自分でそういうものを
研究するという、小学校の3年生のときに、9歳のときにおふくろが
押し入れに実験室をつくってくれた。
桜子 :すごいですね。
井手氏:自分で試験管を並べて、いろいろな薬品をまぜたりして、
アルコールランプを使って実験をしたり、いろいろなことを
やっていたんですよね。
そういうことをやっていると、自然に対する感性が磨かれてくるんですね。
昔でいうラジオ少年ですが、小学校後半ぐらいから電子工作に興味を持ち、
鉱石ラジオを作ったり、すぐ自分で電波を飛ばしたくなって、送信機やアン
テナを作ったりし始めるわけです。
大学に行ったら空を飛びたくなって、自分で熱気球を作り空を飛ぶわけですよ。
ですからいろいろなものを自分でつくって、それを現実のものにしていくという
経験を子供の頃からしていたので、物づくりに対して何でも作れる自信というか、
作れないと思わない。何でも作れると思う。逆に何をやろうかなんて迷ってしまうぐらい。
桜子 :宇宙関係も興味を持たれたんですよね。
井手氏:本当は人工衛星をつくるつもりで。
桜子 :びっくりしましたよ、その記事を読んで。
井手氏:東芝に入ろうというか東芝に入ったんです。
人工衛星をつくる宇宙開発部がある電波機器事業部に入社した。ところが、
当時入社した1カ月後に、いよいよ配属というときになって、
「井手さん、これから家庭用のビデオカメラが出てくるので、小型カメラ開発課という
できたばかりのところに行ってくれ」と言われた。人工衛星をやるつもりで
いたのに、がっかりよ、それはもう。
桜子 :入社時に、人工衛星をやりたいですと言ったんですか?
井手氏:宇宙開発事業部と紙に書いて。第1希望、宇宙開発部ですよ。
桜子 :行けると思ってたんですか。
井手氏:だって、そのために東芝に入ったんだから。第2希望は画像関係。
書かなければいけない、第1、第2とあったからね、一応書いたわけ。
会社としては第2希望ぐらいまでに配属してあげていたつもりだったと思うし、
嫌いではなかったけれど、がっかりしたよね。
人工衛星をつくるというより、学生の時にアマチュア無線で衛星を使った通
信をしていたんです。だから、衛星の軌道の計算の仕方などを自分でして
アマチュア無線の送信機や受信機をつくっていたから、自信はあった。
ところが、自信がないのはロケット。何トンもあるような衛星を持ち上げるのは
お金もかかるし、1人ではできない。
これは企業に行かないとだめだと思って入ったんです。
だけれど、考えたらずっと趣味でいろいろなものを作ってきているんだから
画像関係も面白そうだから画像のプロになろうと1日でパッと切りかえて。
桜子 :偉いですね、会社を辞めようとは思わなかったんですか。
井手氏:その後、思ったよ(笑)
桜子 :せっかくやろうと思ったのに。
井手氏:なぜかというと、もうすごい大変な仕事をしてね。
当時東芝って全体がまだ不況のころで、ちょうど不況から立ち上がる時期で
僕の年まで採用が少なかったんですよ。
学卒新入社員が本社採用で650人位。翌年から1000人以上毎年ずっと採っている。
逆に少なかったから会社が忙しくて、朝早く来ておかなければいけないでし
ょう。8時から来て夜11時は毎日当たり前なんです。夜12時に帰ってお風呂に入る。
桜子 :夜の。
井手氏:夜12時ね。昼12時にお風呂に入らない、夜12時に入る(笑)
桜子 :(笑)
井手氏:ごはんは会社で食べていたんだけれど、それで毎日深夜の2時まで2時間、
本を読んで勉強していたわけ。勉強せないかん、と思っていたから。
桜子 :なぜ勉強したんですか?
井手氏:だって、その分野のトップになろうと思っているからね。仕事をしているから、
勉強する時間がない。とにかく2時間は本を読んで勉強しようと思ってそれ
で朝も6時過ぎに起きなければいけないから1日4時間しか睡眠時間がない。
それを何年間か続けているうちに、少ない睡眠時間が身についちゃった。
そのかわり若いときは眠かったんですよ。
桜子 :そうですよねー。
井手氏:朝から眠いんだね、起きてから、こっくりこっくりと図面をかきながら。
昔は鉛筆で図面を書いて、今はコンピュータ、CADでやるんだけれども、
寝てるんだね。そういう時期もあったんですけれども、ものすごい忙しかっ
た。開発後、自分で設計したものが製造で流れていかない。なぜかというと
放送用の1台何千万円もするようなカメラを作っている所で、1台何十万円
のカメラを作りましょうといってもできないです。
桜子 :量産ライン。
井手氏:それで製造の装置から作らなければいけない。設計者が行けと言われたので、
自分の設計したものを持って、製造部に行って、生産技術ですね。
製造部に行ったらみんなもうすごく喜んでくれる。設計者が来ているから技術が
わかるから、製造でどんな問題があっても解決できるわけですよね。
部品がちょっと違うのを見つけるのは僕にとっては簡単なんだけれども、
他の人はわかりづらい。不良品をちょっと見てくれと時々言われて。
パートのおばちゃんが製造部には結構いて、パートのおばちゃんって
結構休まれるわけです、必ず1人や2人。だから穴がすぽっと抜けると、
「井手君、ちょっとこれやってくれないか」と、まだ20代半ばで若いから、
おっちゃんたちに言われる。言われたらやらなきゃいけない。
ラインは9時から始まるから、朝行って今日の予定を考えている間に呼ばれて
パートの人が仕事をしている16時ぐらいまで手伝う。
16時からが僕の仕事時間なんですよ。それで夜中まで仕事をするでしょう。
どうやって自動の検査やコンピュータで製造ラインを制御したらいいかというのを。
まだパソコンなんか普及していなかった時代だから、自分でワンボードの
パソコンを買ってきたり、あるいはチップで買ってきてプログラムを書くわけ。
機械語でニモニックとか知らないと思いますけれども、そんな単純な言語で
書いたもの、1プログラム数十コマンドですよ。
コンピュータで制御して、画像の自動診断、カメラの色ムラとか解像度
を自動で判断できるような装置をつくったり、照明を小型にするために
マイクロスタジオを作ったり、そういう新規開発を行い非常に効率よく製造が
できるようにして、製造部に1年半いて戻ってきたんだけれど。
またその途中でやっぱり自分のやりたいことがある、
コンピュータグラフィックスの会社をやりたいと思って辞めようと思ったんだけど
まだそれは本当に研究開発の段階でこれから画像もコンピュータ化していく
だろうということで。
ミニコンが当時1億円もしたんだよ。1億円の金をどうしようかと。
銀行は貸してくれないし、だれも出資もしてくれないし、結局やりたいことも
お金がないからできないなで。悶々としているうちに、ICのLSI化する
小型化のプロジェクトを任されてやりました。でも非常につらい仕事でね。
それが何とか終わりかけたときに研究所に来てくれないかという話が出て、
東芝総合研究所に移籍し、今度は研究員として次世代の10年先の画像機器
をやることに。そこで電子カメラ、今でいうデジタルカメラですね、
ハイビジョンのカメラもディスプレイも研究したし、同僚の研究者はディスクの
DVDみたいなもの、しかもハイビジョンでね、それからハイビジョンのVTRとか
全部やっていましたけれども、そういう画像関係の仕事を、総合研究所で
研究して、それで辞めてこっちに来たわけね。
ですから会社に入ってしばらくして辞めようと思ったときと、このピクセラを作る
前、辞めたいと思ったことはありますね。
桜子 :それだけ忙しい中で、よくご結婚をする時間というか、
見つける暇がありましたよね。
井手氏:なかったなかった。
桜子 :忙しすぎてそんなデートする暇もないし。
井手氏:そうなんだよ。
桜子 :どなたがいいかなと見ている暇もないし。
井手氏:見ている暇はなかった。
桜子 :どうやって???
井手氏:まだ僕が20歳代のときにかな、保険のおばちゃんが
会社に来るんだよ。「井手さん、いい人いるわよ・・・」
桜子 :(^^)
井手氏:「いい人いるわよ」と言ったって、仕事中に言われても困るよね、
「ああそうですか」と言って。そういう話があったり、会社の上司が「どう?」
と言ってくれた時もあったけれど、結局そのときは仕事が面白いから。
桜子 :興味ないんですね。
井手氏:興味ない、仕事の方が好きなんですね。
だからそういう仕事をしていたんだけれど、30代に近づくにつれてやっぱり
ちょっと気になり始めた。このまま30。歳を取れば40になっちゃう。20代で
は40といったらすごくおじさんに感じて、今だとそういうのはないんだけれ
ど、そのとき独身では困るなと思うわけ。
何とか結婚せないかん、と思って見合いしようかと思って、右左を見て・・
と思って、そのときちょっとつき合っている女性がいて、それで今の女房と
結婚したんです。
桜子 :そうですか、ご性格は反対ですか、似てますか。
井手 :あまり似てないね、反対でもないけれど似てないと思う。
うちの女房はカナダ人なんです。
桜子 :ここに来てから巡り合った方なんですか。
井手氏:いや、日本で僕が20代の頃、付き合っていた。
女房が、カナダから観光で来てたんだね。
桜子 :ナンパですか!?
井手氏:違う違う、ナンパされたの(笑)
桜子 :本当ですか~??(ニヤリ( ̄ー ̄*))
井手氏:たまたま来ててね、知り合ったというか、本当に顔を合わせただけで、
ヨーロッパやアジアを旅行して回っていたんだけれど、しばらくして
日本にまた来ると言うわけ、日本が気に入ったと。
「僕が気に入った」と言わないで、「日本が気に入った」と言うんだね。
それで来て、自分で仕事を見つけたということで、「ああよかったね」と
言ったら、日本って会社に入るときに保証人が要るじゃないですか、
保証人というのは日本人じゃなきゃいかんと言うわけ。
「日本人は、祐二、私はあなたしか知らないから、これにサインして」と言う。
悪い人ではなさそうだし、大手の有名な英会話校だから仕事もいいし
間違いない会社だろうからいいだろうと、就職の保証人ぐらいだったら、
と思ってサインしてあげたのが一生の保証人になったわけ。
桜子 :(じーん)いい話じゃないですか~。
井手氏:そういう話。
桜子 :ちなみに、日本にいると言ったときに「あれ、この人ちょっと自分のこと好
きなのかな?」みたいには思わなかった?
井手氏:そう思いたかった。でも日本人はあなた1人しか知らないと言われて。
桜子 :奥様のほうがお上手なのかもしれない(笑)
井手氏:10人知ってたらね。
桜子 :でも、わからないじゃない、本当のことは。
日本人を10人知ってたかもしれないけど、井手さんの前では・・・?
井手氏:そうか、それ今度聞いてみよう(笑)
桜子 :では話を戻しまして、先ほど伺った新しい病理診断システム。
これは世界を変えるシステムだと思っていらっしゃると存じますが、
今ここまで来て、振り返って自分の何がこういったものを生み出す支えに
なってきたかなと思いますか。
井手氏:支えというか、どうしてこういうことを考えるかというと、結構、
将来10年以上先のことをよく考えているんですよ。
桜子 :今もですか。
井手氏:いつでも。次の世代はどうなるのかな、というのを10年、20年先、あるいは
500年先まで考えて予測しています。単にこうだったら、ああじゃないかな、
というより、10年先を間違いなく予測する方法というのを編み出したわけ。
桜子 :それは何ですか!?内緒だよね。
井手氏:内緒じゃなくて、何度かそういう話をしたこともありますよ、皆さんよく聞
きたがるんでね。10年先でもプラス・マイナス1年ずれないですね、何が起
こるかという予測を立てる方法。
なぜそういうことをやっていたかというと、さっき言った東芝総合研究所で
10年先の画像機器を開発するときに、10年間ずっと研究投資していくわけで
す。大きな会社でいきますと、100人単位で研究者を1つのテーマでアサイ
ンしていくわけね。
半導体になると、金額だと1000億ぐらいを毎年毎年開発投資していく
わけですよ。
桜子 :すごいね。
井手氏:1年で1000億ですよ。
10年で1兆円とかのお金を入れた場合に「済みません、間違えました、
ちょっと外れました」と言えないですね。外れるんだけれど言えないよね(笑)
要するに研究なんかをやるときは絶対外さない。少なくともみんながやって
うまくいく所には辿り着かなくてはいけないわけですね。
それをなるべく早い時期に予測して、世界で最初に予測をして
最初にパテントを出さないと勝てないわけね。
10年前に考えて誰よりも早くパテントを出さなければいけない。
みんなが言い始めたときにパテントを出したら遅いわけです、1年遅れたら
人より2~3年遅れてしまう。
ですから10年以上先を正確に読むには、あるいは20年、30年先を読むには、
どうしたらいいかという予測をやるんですよね。
それでもなかなか当たらないんですよ。
どうやって予測するかというと・・・あれ。そんな話、してていいの?
桜子 :うん。(うなづく)
=ここから先は井手さんとのアポをとって、ぜひレクチャを聞いてください=
=但し、アポがとれたら、ですけど(^^;)=
=以下1時間ぐらい講義を受ける=
こんな感じ↑で。
井手氏:とまあ、こういうふうなものをしていけば、予測をすることによって、今考え
られた装置が何年に出ますということを明確に自信を持って言えるわけ。
この方法というのは外れないんですよ。ですからどういうものが普及するか、
とか、システムができるだろう、というのは社会学にも使える手法なのね。
それで、将来を読む方法の話は終わり。
桜子 :ありがとうございます。m(__)m
では、次ですが、こういう世界を変えていくような志をもっていると、
付き合う方のクラスが次第に変わっていくので不安感を覚えたりということ
はなかったですか。どうやってご自分をコントロールされたのか興味がある
んですが。
井手氏:不安というよりは、いろいろな方にお会いしていますよね。
普通のサラリーマンでは会わないような方ね。投資家や政治家や企業の
トップの方々、全く違う業種の方々であるとかね。
それはわくわくするわけですよ、自分が仕事をしていく中で色々な方と
お会いするから。不安は全く感じなかったですね。
そういう方とお会いできるというのは、自分の仕事が少しずつでも進展して
いるということですし、頑張っているから出会うわけで、会ってないという
ことは、ぼーっとしていて動いてないという・・・。
桜子 :常に自信があるから不安にはならないんですね。
井手氏:不安にはならないし、逆に不安になったら会わないんじゃないですかね。
不安になると人間、動かないでしょう、そっちのほうに。
桜子 :そうなってくると、自分は他の人とは違うな、と思いませんか?
井手氏:人間はみんなあまり変わらないです。
変わらないんですけれど、ただみんな、特に日本人は
チャレンジしないですよね、僕も多分。人間は誰でもそうだけれど、
やらなければいけない、という状況に置かれて、初めてみんな動きだす
と思うんですね。僕もそうなんですね。
だけれど、やり出したらもうやるっきゃない。あとはね。気づいてくると、
僕の年になってくると人生短いわけ。人生短いなと思うものだから、
短いうちに、とにかく人生は1回しかないから、自分の好きなことを
一生懸命やろうと思って。好きなことをずっとやり続けてきているから、
辛いことでも辛いと思わない。
形山氏:途中でやっていて放り出したくなることはありませんか?休みたいとか?
井手氏:休みたいと思ったら休みますよ、逆にいつでもね。ある程度は時間が自由に
できますからね。ただ、やめたいと思うことはないですね。やめたいと思う
ことをやってない、大変なことは出てくるんだけれど、それは自分がやろう
と思っていることに対しての大変さだから、それをやめたいとは思わないで
すね。
桜子 :今までで一番つらかったことは何ですか、お話できる範囲でどうぞ。
井手氏:仕事で?
桜子 :いやいや、生きていく中でです。
井手氏:・・・。子供が亡くなったことです。
桜子 :(@@)・・・!!
井手氏:それが一番つらかったね。
形山氏:どのくらいの、いつごろの話なんですか。
井手氏:15年ぐらい前かな。すごくつらかったですよ。
桜子 :よくそこで、仕事とか、人生を生きることとか、続けることができましたよね。
井手氏:そらね、頑張らなきゃな。
桜子 :そのときご自分を支えたものが何かあったんですか。
井手氏:支えたというよりも、だからアメリカに来て仕事を始めたんだよね。
だからさっき言ったじゃない、人間やらねばならぬ状況にならんと、
なかなかできんし、僕もそういう人間だよと言ったんです。
形山氏:そういう状況に追い込まれたときに、恐らく座り込んでしまう人と
前に行ける人があると思うんですが、井手さんは前にいきました。
それを押し出したものは何なんだろうという?
井手氏:押し出したものは子供の死ですね。
形山氏:逆にそれが。
井手氏:それがなかったらまだ日本にずっといたかもしれない。
昔から会社を自分でやりたいとか思っていたことがあったんですね。
ばねはたまっていたわけ。
だけれど、トリガーとなったのは子供の死だったと思います。
戦後どさくさの中から今のソニーとかホンダとか、松下は戦前からですけれ
ども、戦争を機会に会社を始めて今の大企業になったところはいっぱいある
わけですよね。あれはやっぱり同じような、何もないところからみんな頑張
らないかん、といって頑張った結果、ああいう今でいうベンチャー起業家み
たいなのが出てきた。
やっぱりやらねばならぬ、MUST条件が揃っていたんですよね。
今の日本はそういうのがないから。だけれど、中国とかインドというのは
貧しくて貧しくて、ここ10年ぐらいでしょう、やっと少しずつ豊かになってきて
いるのは。中国人やインド人が頑張って、こちらで勉強して技術を身につけ
戻って向こうで会社をやっているでしょう。今から多分20年位かな。中国も
インドも今まで以上に間違いなく伸びるというのは。
そういう新しい産業をつくる人たちがこちらで育ったわけですよ。
日本にはそういう人たちや環境がない。「命かけて頑張る」とやっている
人間に比べたら弱いですよね、気迫においても。
形山氏:そういう意味では今、井手さんはやらなければならないと思って始めましたが
仮に今辞めても明日から路頭に迷うわけではないわけですよね。
でもそこでも続けていくモチベーションというのは何ですか?
井手氏:好きだからやっている。僕はよく若い人にも言うんだけれども、好きなことを
一生懸命やりなさいと。一生懸命やると人より秀でるでしょう、それを仕事に
すればプロになれるでしょう。好きだから一生懸命やれる。
だから今好きなことを一生懸命やりなさいって。
形山氏:開発とかいろいろな仕事をされていても、今の会社の中でつまらないと思う
ことってないわけですね。
井手氏:つまらないなと思うことはあるよね。あるんだけれど、とにかく今やってい
る仕事が必要なことであれば雑用でも何でもやらなきゃいけないし、それはあ
まり苦にはならないですね。
桜子 :一気に気分を変えて、座右の銘をどうぞ。
井手氏:子供の頃から自分で思ってたんだけれど、「常に最善を尽くせ」
ということなんですね。
なぜかというと、常に最善を尽くす、その場その場で自分で考えて
一番自分がベストを尽くしているかどうかということを 問いかけるんです。
ベストを尽くしているのであれば、失敗しても成功しても後から後悔しないんですね。
だけれどベストを尽くしていなかったときに、ああしておけばよかったと思うと
後悔しちゃうでしょう。それはもったいないよね、短い人生の中で。
だからなるべく今僕はベストを尽くしているんだと。まだほかに努力している人は
いるかもしれない、才能のある人もいるかもしれないけれども、僕の能力、
僕の時間の使い方の中ではベストにやっているんだと。
そういう思いがあれば、その結果失敗しても後悔しないんですよ。
分は常に自分のベストを尽くしてきたとね。だからなるべく自分のベストを常に
尽くすようにはしているんですよね。と言いながら・・・。
桜子 :といいながら?
井手氏:酒飲みすぎたとかよくあるよ。酒を飲むと半日パーでしょう、
やめればいいのにさ(^^;)
桜子 :(笑)ストレス解消法はお酒なんですか。
井手氏:解消法でもないけれども、お酒は好きだから飲むんですけれども、
今日本から帰ってきたでしょう、出張から帰ってくると3キロ太っちゃうの。
桜子 :接待を受けられて。
井手氏:受けたり・・・。もったいないよね。もったいないというか時間が。楽しい
こともあるんですよ、仕事としてもあるんだけれども、仕事って1時間位し
か仕事の話をしてないのに、夕方5~6時間過ぎてしまって、もう寝るしか
なくて、体重だけ増えて帰ってくる。
形山氏:本当はそこで1時間で終わっていたら、残りの5時間というのは。
井手氏:仕事に使えるでしょう。時々思うけれど。でもそれは楽しみだ、
まあしようがないなと。
桜子 :井手さんにとってお仕事ってどういうものなんですか?
井手氏:僕は好きなことを仕事にしているから、例えば昔から医療のソフトウエア
開発をしようなんて思ってもいなかったわけですよね。
やっている内容は僕にとっては何でもいいのかもしれないですね。
目指しているところは、特に最近は、会社というのは1人でできないような
大きな経済活動をみんなで協力してやるための組織であって、その会社は
利益を上げてないと個人個人の生活が成り立ちませんから存在の意義がない。
言葉を変えれば、会社というのは経済的な利益を上げて初めて存在価値が
あるというところに行き着くんですよ。
けれども長期的に考えると、企業は従業員だけではなくてお客様や、
ベンダーや株主、あるいは地域、今だったら世界中の地域とのコミュニティ
との共存とかを考えていくと、お互いに助け合って生きているんですよ、
企業と個人も、お客様との間でも。
ということを考えると、社会貢献や地域への貢献とか、そういうことを考えない
と長期的な成長はできないですよね。
それはどこの企業も気づいていて、昔から社会への貢献ってやっています
よね。ただ本当に社会に貢献できる産業や技術ばかりをやっているかという
とそうじゃないところはあるんですよね。だからこれからの会社、企業とい
うのはそういうところを追い求めていかないと、社会全体の効率も悪くなっ
てくると、僕なんか思うんだけれど。
ゲームなんか楽しいけれども、変なソフトとかつくるものだから、悪いことを
したり、人の命を大切にしないような子供も育つなという感じはするんですよね。
別にゲームが悪いと言っているのではなくて、ゲームの中身を考えて、子供
が使うのであれば子供の教育であり、人間としてきちんと自立した子供が育
つようなゲームをつくってあげるとか、そういうことに企業が気を使いなが
ら開発したらすばらしいゲームができると思うんです。
例えば医療のことにしても、なるべく安くて広く万人が使えるものを今僕は
考えているわけですけれども、これを金儲けだけ考えればこんなに安いもの
をつくるんじゃなくて、これをつくっても高く、1本1000万円で売ろうと。
ハードウェアだと1500万円の機能を、ソフトウェアで1000万円だっていいわけ
じゃない?性能もいいし、互換性もあります。
それでもいいんですけれども、1000万円じゃ普及はしない。
小さな病院に導入されないから、万人が使えるようにしようと安くしたわけです。
そういう基本的な考え方が、僕の考える企業としての社会貢献の根底にあります。
僕の仕事は何かというと、社会貢献、世のため、人のためというとあまりにも
ありふれた言葉だけれども、そういうところを目指しています。
形山氏:ソーシャルアントレプレナーのような感じですね。
井手氏:みんな格好いいことを言うんだけれど、僕は昔からそう思っているし
当たり前のことだと思うんですね。
形山氏:その志が会社を大きくしていく原動力になるという見方もありますよね。
利益じゃなくて社会をよくしていく、というところが結局。
井手氏:長期においてはね。でも第一の目的は経済的な利益を上げる。
それがないと大企業でも零細企業でも会社は倒産するし、社員は
飯を食っていけない。そのために会社は存在するんです。
桜子 :ラスト。「人生は○○である」 この○を埋めてください。
井手氏:今話したことに現れているんだけれど、この世の中1人では生きていけない、
だから技術を持って世のため人のために貢献していくというのが僕の人生ですね。
桜子 :「プロジェクトX」ばりに終わりましたね(^^)いいお話、お忙しい所、
ありがとうございました。

「小学校の頃は道が舗装もしてなくて、馬車が走って馬が糞をポトポト落としていくという時代だった」、ということですが、ひょっとして団塊の世代の方ですかねぇ。ぼくも馬の糞には馴染みがありますから親しみを覚えました。